恋人との約束に急いでいると、昔好きだった人を街で見かけた。 あの頃、似合わない制服を着ていた私とネクタイを締めていたあの人。 恋愛の美味しい所だけ楽しんで、それっきりだった。 同じ街に住んでいるから遭遇してもおかしくはない。 心は一瞬揺れ動いて、隠れるように違う方向へ歩いた。 彼とは、最後までちぐはぐな関係だった。 祝福されない関係だと気にしていた私に、 彼は連絡先を書いた紙をこっそり渡してきて始まった。 彼のことを知るたびに私は言葉にできない違和感を感じていった。 私が悩
ガムテープで最後の荷物にふたをした。 まとめてしまうとこんなにコンパクトになるんだな。 物で溢れかえっていた一ヶ月前とは大違いの部屋で、同じ大きさの段ボール箱が所々で積み重なっている。 入居の時と何ら変わらないのに何だか広く感じた。 窓の外ではちぎれるように雲がまばらに流れている。 要らないものをもっていかないように選別しても捨てきれないものは多くて、 この窓から見える景色もその一つだと思った。 人生の設計図ががらっと変わってしまうのは覚悟の上だった。 それを捨ててでも、自
朝から9時間、息苦しい建物の中で仕事を乗り越えて迎える休日。 一度メイクを落として、夜仕様に塗り替える。 時間を確認しようと携帯の画面を触る。 恋人からの連絡は無くて、やっぱりもうだめかなとぼんやり考える。 綺麗にメイクをしても、目的地は決まっていない。 でも恋人の存在が薄く漂うこの部屋で酒は飲みたくなかった。 昨日を思い出して泣いてしまいそうだから。 忙しそうな恋人とやっと会えたのは昨日だった。 次の休みはいつになるかわからないと言って 私の手を繋いだだけで部屋を出よう
いつも同じことを思い出す場所がある。 思春期の頃に住んでいたマンションの階段だ。 私は一人の男の子に長い間片想いをしていた。 小学生の当時、住んでいたマンションの階段からちょうど見える家に彼は住んでいた。 同級生の中では背が高くて、すっきりした顔で、目立つのにちょっぴりシャイで、彼の周りにはいつも人がいた。 放課後に遊んでいた友達は男女問わず他にもいたけれど、ひときわ特別な存在だった。 いつかのバレンタインに告白したけれど、答えはNOだった。 私の気持ちを知った後も相変わ
“ 雪”と聞いてはじめに思い出すのは、一緒にバスを待っていた父の背中についていた小さな雪。有名な観光地から、帰る時の出来事。 そのときのわたしはまだまだ幼くて、いろんなものに影響されやすくて、早く大人になりたいともがいていた。 父の隣にいるのも少し恥ずかしい、と思っていた年頃。 おそらく父はそれをなんとなく感じ取っていて、バスを待っているあいだは会話もほとんどなかった。 私に背を向けて、ずっと遅れていたバスが来ないか遠くを眺めていた父。 その肩の白いホコリを払ったら、あ