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お互い様

恋人との約束に急いでいると、昔好きだった人を街で見かけた。
あの頃、似合わない制服を着ていた私とネクタイを締めていたあの人。
恋愛の美味しい所だけ楽しんで、それっきりだった。
同じ街に住んでいるから遭遇してもおかしくはない。
心は一瞬揺れ動いて、隠れるように違う方向へ歩いた。

彼とは、最後までちぐはぐな関係だった。
祝福されない関係だと気にしていた私に、
彼は連絡先を書いた紙をこっそり渡してきて始まった。
彼のことを知るたびに私は言葉にできない違和感を感じていった。
私が悩んだり困ったりしても彼は見て見ぬふりをした。
なのに突然やってきては私の欲しい物をくれて、急にいなくなる。
不健康な恋愛だった。私は彼から離れられなかった。

最後のデートは季節外れの曲が流れる彼の車の中だった。
居心地の悪い助手席で食べられないショートケーキを抱えて、
窓の外の寒さで枯れた街を眺めるしかなかった。
さよならも言わずに車をおりて、急いで家へ帰った。
着ていた小豆色のニットは引き出しの中にくしゃくしゃに押し込んだ。
貰ったケーキは冷蔵庫の中に置いたまま腐らせて、理由をつけるように捨てた。
全て終わって一息ついた後、こぼれた涙は生暖かかった。

最後まで助手席にいつも誰が乗っているのか聞けなくて、
生クリームが苦手だと言えなかった。
ほんとうは同じ温度差で寄り添う事は出来ない二人だと、突きつけられてしまうのが怖かった。
あの人を思い出す時はいつも、苦い気持ちが心の中でじわじわ広がっていく。


はっとして目に入ったのは、自分が映るサイドミラーだった。
眉を下げた恋人が私の方を一瞬見て、体調悪い?と心配そうにつぶやく。
何でもないよ大丈夫、と感情を悟られないように恋人の方を見る。

何もない。何でもなくなった。
何でもなくなっていく。
枯れた街はまた桜で染まっていくし、
あの時と同じ涙はもう二度と流れない。
あの人と一緒に居ても得られなかった何かは、ここにはちゃんとある。
ふと見た左手の薬指でお揃いの指輪がきらりと光って、
私はそれをそっと優しくひと撫でした。