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空っぽの部屋


ガムテープで最後の荷物にふたをした。
まとめてしまうとこんなにコンパクトになるんだな。
物で溢れかえっていた一ヶ月前とは大違いの部屋で、同じ大きさの段ボール箱が所々で積み重なっている。
入居の時と何ら変わらないのに何だか広く感じた。
窓の外ではちぎれるように雲がまばらに流れている。

要らないものをもっていかないように選別しても捨てきれないものは多くて、
この窓から見える景色もその一つだと思った。
人生の設計図ががらっと変わってしまうのは覚悟の上だった。
それを捨ててでも、自分を信じてみたくなったのは初めてだった。

ここに引越してきた日は人生の始まりかってくらい心も体もエネルギーで満ち溢れて、
一人で生活するにも狭い部屋だったけど
帰ると何よりも落ち着く空間だった。
数時間しか居れない時期もあったな。
かと思えば何日も家から出ない時もあった。

裏通りにある桜が満開になる時期には
玄関に花びらが一緒に入ってきたことを思い出した。
その頃自分に余裕がなくて、
そういえば桜の時期だったんだ、とはっとした。

干していた洗濯物を取り込もうとベランダに出ると蝉がタオルにしがみついて
一生懸命鳴いていた日もあった。
その夏から、お風呂上がりのアイスは美味しいものだと知った。

涼しい風が吹く日は窓を開けて、
どこかから聞こえるジャズを聴きながら夜ふかしをした。
日頃の煩わしさに悩んでいたけど
この部屋も悪くないなと初めて思えた。

冷えた部屋でみかんを一人で食べるたび
実家で過ごす冬が少し恋しくなったりした。
何度冬を経験しても、この部屋にいると誰かが恋しくて。

今年はそれも、もう無い。
そのかわりに新しい場所で、
新しい生活がはじまる。
楽しい時もしんどい時もあるかもしれないけど、きっとそれも楽しめるようになるはず。

ピンポン、とチャイムが鳴る。
引越し業者の人か、意外と早かったな。

窓の方を見ると澄んだ空が広がっている。
さっきよりも暖かく朗らかな日差しが、
段ボール箱の山を差していた。