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文体の舵をとっている4

〈練習問題④〉重ねて重ねて重ねまくる
問一:語句の反復使用
一段落(三〇〇文字)の語りを執筆し、そのうちで名詞や動詞または形容詞を、少なくとも三回繰り返すこと(ただし目立つ語に限定し、助詞などの目立たない語は不可)

『ビゴロク蒸し』……?
 壁一面に隙間を許さぬようびっしりと貼られたメニューの中、見知らぬ料理を見つけた。
 とりあえず、で注文した中ジョッキを傾けながら「さて、何をつまみますか」と眺めていた貼り紙から見出した『ビゴロク蒸し』の文字は『冷奴』や『鶏皮ポン酢』などのお馴染みメニューから明らかに浮いていた。
 どんなものなのかこれっぽっちも想像できない。蒸しと付いているので辛うじて蒸し料理なのは伝わるが、肉なのか魚なのか野菜なのかは全くわからない。『ビゴ』とは備前・備後国からくる地名の『ビゴ』なのか、それとも何かの品種なのか? 『ロク』とは数字の六なのか、それとも肋骨の『肋』でリブの部位を指すのだろうか……?
 週末の居酒屋は大入り満員で、喧騒の中を慌ただしく行き交う店員を一見の私が呼び止めるのは何となく憚られた。決心した私は「何にしましょう」と手を広げたカウンターの調理人に声をかける。
「ビゴロク蒸しお願いします」
「あいよ! ビゴロク一丁!」「喜んでー!」
 ぴたりと店内の声が止んだ。


《岸部露伴は動かない》ドラマ版の『くしゃがら』をやりたくて、存在しない言葉をインターネット上の造語ジェネレターでリセマラして抽出した。ギリギリ存在しそうな名前を選んだので、作中での考察は実際に自分で考察したもの。料理ネタで行くこととオチは決めていたのですんなり書くことができたし、きれいに決まっていると自負している。


問二:構成上の反復
語りを短く(七〇〇〜二〇〇〇文字)執筆するが、そこではまず何か発言や行為があってから、そのあとそのエコーや繰り返しとして何らかの発言や行為を(おおむね別の文脈なり別の人なり別の規模で)出すこと。
やりたいのなら物語として完結させてもいいし、語りの断片でもいい。

 今でない時、此処でない場所。
 夜空に燃える尾を引きながら星々が崩れ降り注ぎ、
 大地は激しく揺れ、陥没と隆起に地が裂け、街や人々が呑み込まれる。
 天地が崩れ落ち世界が滅ぶ。
 そんな悪夢を見て以来、それを不安に思うあまり食欲が無くなり、再び夢を見ることを恐れ眠ることもできなくなった者がいた。そんな彼を心配した友人がこう諭した。
「天は大気が積み重なってできたもので、大気の無いところなんて存在しない。私達の動作や呼吸はその大気の中で行っているのと同じことだ。どうして天が崩れ落ちることを心配することがあろうか」
 彼はこう返した。
「天が大気の積み重なりなのはわかった。しかし太陽や月や星々どうだろうか?」
 友人はさらに諭し続けた。
「太陽や月や星々もまた積み重なる大気の中で光り輝くものだ。たとえ落ちることがあっても我らに被害を及ぼすことはないだろう」
「では大地が割れ落ちることはないだろうか?」
「大地とは土が積み重なってできたもので、土中の四方全ての空間に満ちており固まっていないところなんて存在しない。私達は歩き回り、常にこの大地の上で過ごしているではないか。どうしてそれが割れ落ちることを心配することがあろうか」
 友人の再三の言葉にその人は安心して大いに喜んだ。友人もまたこれを大いに喜んだ。

 しかしこれがその地を統べる旧支配者たる神の怒りを買った。

 その夜、数日ぶりに熟睡できたその人は、耳を劈く轟音に目を覚ました。家を飛び出して目にしたのは悪夢と同じ光景だった。
 土地一番の山が猛るように炎を上げ、そこから噴き上がる無数の岩石は夜空に燃える尾を引きながら落下してくる。それはまるで太陽や月や星々が天から崩れ堕ちるようだった。
 夢と同じ光景であったが肌に感じる熱気だけが現実だと教えてくれた。

 彼の友人もまた何か巨大なものが土中で暴れているかのような激しい揺れと、地響きに目を覚ました。家を飛び出して目にしたのは、のたうつ大蛇のように隆起と陥没を繰り返す大地と、あちこちで生じる地割れに見知った街並みや逃げ惑う人々が呑み込まれていく様子だった。

 人知の及ばぬ惨状を前に、彼らは沈み行くムー大陸と運命を共にするしかなかった。


新しい原稿を用意する時間が足りず、pixivに投稿している『暗黒神話故事成語』という故事成語をクトゥルフ神話解釈で語りなおす胡乱な作品シリーズの中から一つを改稿して提出。

御覧の通り元ネタは「杞憂」である。


講評覚書

問1
・謎単語はこの課題の最適解の一つ。
・きれいなオチ。ホラーともコメディとも取れ、想像力を働かされる。
・《ビゴロク》の音が良い。これを選んだ時点で勝ち。

問2
・複数あるオチが良い。課題の構造上の反復という観点からも複数のオチも反復として機能している。
・古典漢籍翻訳風の雰囲気が良い。中国古典の雰囲気の中でクトゥルフという強力な調味料で味変した後にムー大陸で更にツイストでオチるのが良い。


前回の課題は振るわなかったが、たくさんの好評のお言葉を頂けて嬉しかったです。

味変による文体のコントロール伸ばしたい。

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