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文体の舵をとっている7

<練習問題⑦>視点(POV)

四〇〇〜七〇〇文字の短い語りになりそうな状況を思い描くこと。何でも好きなものでいいが、〈複数の人物が何かをしている〉ことが必要だ。(複数というのは三人以上であり、四人以上だと便利である)。出来事は必ずしも大事でなくてよい(別にそうしても構わない)ただし、スーパーマーケットでカートがぶつかるだけにしても、机を囲んで家族の役割分担について口げんかが起こるにしても、ささいな街中のアクシデントにしても、何かしらが起こる必要がある。
今回のPOV用練習問題では、会話文をほとんど(あるいはまったく)使わないようにすること。登場人物が話していると、その会話でPOVが裏に隠れてしまい、練習問題のねらいである声の掘り下げができなくなってしまう。

問一:ふたつの声
①単独のPOVでその短い物語を語ること。視点人物は出来事の関係者で――老人、子ども、ネコ、何でもいい。三人称限定視点を用いよう。
②別の関係者ひとりのPOVで、その物語を語り直すこと。用いるのは再び、三人称限定視点だ。


 いつも通りを心がけて放った第一射は、的へ吸い込まれるように的中した。
 久世の心中で安堵の息がもれる。運任せで弓を引いているわけでは決してないが、どうしても最初の一本は祈りたくなる。言葉の意味でも状況的にも『嚆矢』となるのだから。
 作法通りに乙矢をつがえながら、二番で引き始めた詩織の様子を背中で窺う。
 弓がしなり、弦が軋む音が聞こえる。何百回と見てきた彼女の射技が自然と脳裏に浮かぶ。久世の言うことをいつだって素直に聞き、的に中れば嬉しがり、外しても次こそはとめげずに再挑戦する一生懸命な可愛い後輩。
 弦が甲高く鳴り、矢が走り――ほとんど間を空けずに的中音が響き渡る。
 これでタイ。どちらかが仕損じるまで続くこの競射、たとえ部内の練習試合だとしても、負けたくないという確かな灯が胸に熾った。
 作法にはない所作で、二番へと視線を送る。いつもと同じ嬉しそうな表情と目が合った。一瞬のことだったが彼女の瞳にも自分と同じ熱を見た。
 彼女は本気だ。当然久世も本気だった。弓道は自分との勝負、そんなことは言っていられない。先輩として、友人として、何よりも対戦相手としてこの直接対決を制したいと思った。 
 昂った気持ちを落ち着かせると、久世は作法通りに打ち起こし始めた。
 

 見惚れるほどの射形から放たれた矢は見事に的中した。
 最後の一瞬まで気力を失わない久世の残心と、はらりと跳ねた結い髪があざやかに調和するのを見て、詩織は内心で快哉をあげた。
 あの人に近づきたい、あの人のような弓を引きたい。その一心で詩織は弓道に取り組んできた。久世に教えを請い、同じ時間に朝練に来て、同じ時間まで居残り練習に励んだ。そして今、練習試合とはいえ同じ位置に立ち、決勝を競っている。
 少しでも久世の動きをなぞれたら、そう思いながら詩織は弓を引く。憧れの背中へと見せつけるように。
 頭上へ掲げた弓矢を徐々に引き下ろす。弓と弦の間に身体を入れるように、腕だけでなく身体全体を使って、一体となってゆっくりと引き分ける。
 覚悟を決めて放った一射は図らずも的中した。喜びがこみ上げる。
 これでタイ。どちらかが仕損じるまで続くこの競射、いつまでも続いて欲しいと思った。続けたいと自分自身に願った。
 ふと気が付くと、久世がこちらを見ていた。それは一瞬のことであったが、作法を重んじる久世の行動とは思えないもので、彼女の口元は微かに笑みをたたえていた。
 通じ合えた、と直感した。彼女もまたこの時間を求めているのだ。すでに久世は二射目に取り掛かっている。
 ついて来られる? そう問うている彼女の背中にいつものように返事を返した。


この問ではひとつの出来事を複数のPOVで描くことが課題となっており、そのPOVの差異やシチュエーションとして書きやすいものを考えた結果、何らかの試合や競技の場面が相応しいと思った。
選手や当事者の視点、両陣営の控え選手や監督、指導者の視点、観客の視点、もしくはただの通りすがりやテレビで中継を見ている者など……。
そんな中で自分が唯一経験しており書けそうな競技として、中高大と弓道をやっていたので弓道の試合シーンを選んだ。
青春部活モノにしたい機運があったので『リズと青い鳥』風味に先輩後輩百合仕立てに。


講評覚書

・通じ合うという描写の中にも、関係性の中の差異や対比となる構造がしっかりしていて良かった。
・弓道を知らなくとも登場人物の視点に入り込んで読めるタームや身体の使い方などの描写にリアリティがあり、未知の人にも興味を持たせられている。
・互いの感情のやり取りに静かさと瑞々しさがあり、弓道というものが持つエモさに寄与している。
・三人称限定視点は、弓道のような『姿形』や『絵面』のイメージが大事なシチェーションにフィットしている。


おそらく百合。
『道』は百合。


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