#どうする家康【岸本真澄 名場面コラム】
「織田と浅井を結び付けておくのが私の役目であったのに…」
悔しがる市の横顔を見て、阿月は覚悟を決めた。
貧しい暮らしの中で、父が自分を身売りした。
逃げ出したものの、空腹に耐えられず、立派な城の台所に忍び込み、盗み食いしているところを見つかった。
追い出されようとしていたところに現れたのが市だった。
初めて阿月を見た市は直感した。
「この娘は私に似ている」
並の男を負かすほど武芸に秀でていた市。
かけっこをすれば、軽々と男たちを引き離していた阿月。
市は阿月を気に入り、そばに置いた。
その日食べる物にも困っていた阿月は、想像もしていなかった衣食住に恵まれた。すぐそばには、いつも市の笑顔があった。
自分に目をかけてくれた恩に報いたい。
幼い頃の市を助けたという家康に、危険が迫っていることを知らせねば。
何度も怖い思いをしながら、約40キロはあった行程を走り抜き、ようやく目的の場所にたどり着いた。
「おひき…候え…」。阿月は、家康にそう言い残して息絶えた。
かつて男勝りと言われ続けたふたりの女性の思いによって、男たちは不意討ちを免れた。