人生は続くよ
久しぶりに恋人の前で泣いた。
薄れていたはずの希死念慮が高まってきていたのだ。
普段からうっすら「生きてても仕方ないなぁ」とは思っているのだが、「もう死のうかな」まで考えが進んでしまったのは本当に久しぶり。本当は部下のメンタルケアをしている場合ではないのだ。
昨年、絶縁状態だった実母に手紙を送った。カミングアウトの手紙。10年ぶりの連絡でカミングアウトをするのはどうかとも思ったのだが、深夜に急に書きたくなり、勢いで送ってしまった。
父から聞いた話では、実母は相当取り乱していたらしい。本当に悪いことをしたと思う。完全に私のエゴである。受け入れてもらえないのはわかっていたのに。カミングアウトすべきではなかった。
父からも「なるべく、本当の身内には言うな」と釘を刺された。「だって、言われた方は嫌じゃん」と。
これが、昨年の9月の話。
今になって思えば、その時に感情に任せて泣いたり怒ったりしてしまえばよかったのだろう。つい「そうだね」と言って流してしまった。そもそも自分の想いを相手に伝えるのが下手なのだが、実の親に対しては更に下手になってしまう。
その時の感情をきちんと処理せず放置していた。今頃になって、そのツケを支払っている。
35歳にもなって恥ずかしい限りだが、やはり実の親に「辛かったね」とか「あなたらしく生きなさい」とか言って慰めて欲しかった。何より認めてもらいたかった。
それが叶わない人なんて沢山いる。私だけじゃない。
そう納得させたのが悪かったんだろう。子どものように泣けばよかったんだと思う。
無理に大人ぶった結果、自殺を考えるのだから馬鹿としか言いようがない。
私の様子がおかしいと察知したのか、恋人が食事に誘ってくれた。
最初は上手く話せなかったのだが、少しずつ気持ちを打ち明け、死にたくなっている事まで伝える事が出来た。
今の恋人と付き合って5年になる。
人に気持ちを伝えるのが下手な私が、彼女に対しては、死にたいという気持ちまで話す事が出来るようになった。
noteでは明言していなかったが、私の恋人は女性なのだ。3つ年上の女性。私がトランスジェンダー女性であることはもちろん伝えている。まあ、私のパス度では伝えるまでもなくバレるのだが。
世間から見たら?マークしかつかない、理解出来ないカップルだと思う。それを全く気にもせず、私に寄り添ってくれる彼女はとても優しい、かっこいい女性だ。
「私が稼ぐから、ヨーロッパに移住しよう」
彼女はそう言ってくれた。実の両親とは完全に縁を切って、トランスジェンダーへの偏見の少ない西欧で暮らそうと。そうすれば、あなたは今より楽に生きられるはずだと。
私は外国語が全く話せない。
だから彼女は「私が稼ぐから」と言ってくれたのだが、彼女だって英語が少し話せるだけ。
それなのに、真剣に「移住しよう」と言ってくれる。彼女にだって日本に家族がいるのだが、私を最優先に考えてくれた。
私は、本当に愛されているのだろう。この変な人生にも、醜い容姿で秀でた能力のない、実の親にすら拒絶される私にも、生きる価値はあるのだと思う。
コロナ禍の収まらぬ中で西欧への移住は現実的ではない。彼女には高齢の親もいるので、私としては親御さんを置いて海外に行くことはして欲しくない。
でも、何かしらの大きな決断は下すかもしれない。
決断力も実行力もない私の事だから、きっと先延ばしにするだろう。大きな決断がすぐに出来るような人間だったら、とっくに性別適合手術も戸籍変更もしている。でも、どこからどう見ても男にしか見えない私がそれをしていたら、とっくに死んでいただろうし、彼女と出会う事もなかっただろう。
先日、彼女と一緒に『イエスタデイ』という映画を見た。ある日突然、ビートルズの存在が世界から消えるお話。何故かビートルズの記憶が消えなかった売れないミュージシャンの男が、オリジナルと偽ってビートルズの名曲を歌いスターになっていく。
男はスターになる過程で両想いだった幼なじみと仲違いする。人々を騙し、大好きなビートルズの曲をオリジナルと偽って成功を収めていることに罪悪感を感じた男は、ある出来事がきっかけでジョン・レノンに会いに行く。
ビートルズが存在しないのだから、ジョン・レノンも生きている。ファンに殺されるなんて事は起こらなかったのだ。
ビートルズのない世界でも、ジョン・レノンはオノ・ヨーコと結婚していた(明確に描かれてはいなかったけど)
「偏見も苦難もあったが、最愛の人と人生を過ごすことが出来て幸せだ」とジョン・レノンは言う。
「人生で大切なことはなにか?」と男は尋ねる。
「愛する人に、愛していると伝えること。そして嘘をつかず、正直に生きること」とジョン・レノンは答える。
自分を取り戻した男はジョン・レノンの教えの通り、世界中に「この曲は本当はビートルズというバンドの曲だ」と正直に話し、幼なじみに愛の告白をする。
それから数年後、幼なじみと結婚し平凡な教師になった男が生徒たちと一緒にビートルズの名曲「オブラディオブラダ」を歌う場面が描かれて映画は終わった。とても優しい、いい映画だった。
「死にたい」と思う数日前に、最愛の恋人と一緒にこの映画を観たことにもきっと意味はあるのだろう。
Ob-la-di, ob-la-da, life goes on, brah! Lala how the life goes on.(オブラディオブラダ、人生は続くよ。ララ、ほらこんな風にね)