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ラベンダーとジョロウグモ

子供の頃、この蜘蛛が怖くて全ての蜘蛛が嫌いだった。

理由は火曜サスペンスドラマか映画か何かのワンシーン。

恨みを纏った無表情の女の人が布団の上でこの蜘蛛を何匹も
ブチ…
ブチ…
と指で押し潰していた。

そのシーンが恐ろし過ぎて目に焼き付いた。

この蜘蛛のお腹の柔らかそうな感じと、ゆっくりとしか動かない蜘蛛の、ヒヤリとした高級ベルベットのように滑らかな質感が更に恐怖を煽った。

多分今の作品ではカットされて撮らないシーン。

しかしこの残酷な場面には、見事に女の情念のようなものが暗い画面の中でひたひたに水気を含み描かれていた。

昭和の空気がはち切れそうにまで孕む、あの湿気と暗さと重量感。

味まで感じる気になる"匂い"と共に放つ身動き出来ない程の重苦しい湿気。

たまに何処かで見かける日本の映画やドラマには陰や暗い所がほぼほぼ無くて匂いもしない。
したとしても安っぽいシャンプーや芳香剤のようなイメージ。汗や生乾きのような嫌な感じは全て漂白されIKEAの中にいるようなそんな雰囲気しか無い。

それはそれで良いのかもしれないけれど見てから何十年も記憶に残るような
そんな強烈なインパクトは多分・・・ない。

タフで刺激的な物ばかりが必ずしも良い訳ではないとは思います。

しかし、昭和の日本映画や火曜サスペンス劇場などで垣間見たリリシズムは日本のフィクションの王道で『そんなの映画やドラマでしかあり得ない!』と思うようなしっかりした骨太のドラマがあった。

画面から汁気が滴る程にまで恐ろしいあれらは一体何処へ消え去って行ったのかしら…?陰が無くなった新興住宅の建築物と共に妖怪のように精霊のように消え去ったしまったのか?

最近もう目にすることが少なくなった女郎蜘蛛と逆に何処でも見かけるようになったラベンダーを見て何となく思った数日前。

しあわせで爽やかな早朝散歩の中そんな対照的なことが頭に浮かんでおりました。

真の暗さが無いということは軽やかで爽やかな可憐な美しさもこれもまた然り。
闇も光もないフラットな世の中を中庸と呼ぶのかしら?


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