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”折り紙を見る眼” 第3回折り紙品評会『メルセデス・ベンツ・Gクラス(ゲレンデヴァーゲン)』

 折り紙作品を見るときにあなたはどこを見ているだろうか?

 「折り紙作品をどう見るか」を作品の品評を通して紹介し、折り紙の魅力を発信する企画、”折り紙を見る眼”。第3回となる今回は、設計的折り紙が魅力の創作家はちけん氏の作品『メルセデス・ベンツ・Gクラス(ゲレンデヴァーゲン)』を題材に、個性豊かな3名の折り紙創作家、ほんしょい氏萩原元氏σ氏のレビューのもと、折り紙作品の魅力を多角的に紹介していく。
 なお、今回の作品は非常に設計的であり、深く理解するには多くの前提知識を必要とする。できるだけかみ砕いて説明したつもりだが、それでもなお難解であるため、疑問に思うことがあれば気軽にコメントしてほしい(筆者も難解だと感じるので…)。

 前回の”折り紙を見る眼”はこちら

 このnoteは、品評会で出た議論の内容を筆者が総合的にまとめたものである。レビュアー3名の評価資料はレビュアー紹介欄に添付してあるので、それぞれの作家の評価についてより深く知りたいという方は、そちらをご確認いただきたい。


品評作品の創作者紹介

はちけん氏

 キャラクター折り紙を得意とする折り紙創作家。特にポケモンの作品群は圧巻で、そのモチーフに適した設計法を自由に選択し、22.5°系、15°系、蛇腹に加え、インサイドアウトまでも巧みに使いこなす。立体的で隙のない作風が特徴で、デフォルメされたキャラクターを折り紙的なデザインに落とし込む卓越したデザインセンスの持ち主。
元所属サークル:京大折り紙サークルいまじろ~
SNSリンク:X(旧Twitter)

評価対象作品『メルセデス・ベンツ・Gクラス(ゲレンデヴァーゲン)』

『メルセデス・ベンツ・Gクラス(ゲレンデヴァーゲン)』(はちけん氏作)

メルセデス・ベンツ・Gクラス(ゲレンデヴァーゲン)
Mercedes-Benz G-Class(Gelandewagen)
橋本遼
Hashimoto Haruka

作品品評

圧倒的造形力とそれを実現する構造設計

 この作品を見て、正方形の紙を1枚だけ使って、切り込みも入れず、色も塗らずに作ったと思う人ははたしてどのくらいいるのだろうか?

 本作は緻密に設計された折り紙作品である。モチーフのメルセデス・ベンツ・Gクラスに特徴的な箱型の形状に、インサイドアウト(紙の裏表の色の違いで模様をつける技術)で完璧に色分けされた窓ガラス、一目でそれとわかるエンブレムなど、現代折り紙技術の粋が詰まっている。

 本作に特徴的なのはやはり、偏執的なまでに施された窓のインサイドアウトと、ハンドルを切って傾いたタイヤである。インサイドアウトは紙の辺を操ることによって色分けを行う技術だが、既存の車作品で窓ガラスとタイヤの両方のインサイドアウトを行ったものはおそらく存在しない。それを実現したのは、既存の車作品とは大きく異なる本作の効果的な新規構造である。

車作品によくみられるカド配置。”腹割れ型”はタイヤを辺に、”背割れ型”はボディを辺に配置する。
すけさん氏創作『GR 86』。タイヤが展開図外側に配置された”腹割れ型”の構造をしている(展開図四隅の八角形部分がタイヤ)。

 既存の車作品の構造を大別すると、タイヤを紙の左右の辺で造形する”腹割れ型”か、タイヤを紙面中央に配置してボディ部分を辺で造形する”背割れ型”かに分かれる。腹割れ型作品の良作としてすけさん氏創作の『GR 86』を紹介するが、これは”腹割れ型”の構造であり、タイヤのインサイドアウトがなされている。構造の特徴として、”腹割れ型”ではタイヤの作りこみやインサイドアウトが容易であるが、ボディ部分のインサイドアウトが難しい。一方で、”背割れ型”ではボディ部分のインサイドアウトが容易であるが、タイヤ部分の作りこみやインサイドアウトが難しい、というように作者はディテールの取捨選択を求められる。

本作の展開図。赤色部がボディ、青色部がタイヤ。

 それに対して本作は、ボディ部分を紙面中央部-上部、タイヤ部分を紙面下部に配置し、大胆に折り分けることによって双方のインサイドアウトを可能にしている。展開図を折りたたむと、ボディ部は下図のようなイメージになる。単純な箱の展開図を紙面中央から折り出し、インサイドアウトで色分けした帯状の窓を車体後方から巻き付けるように折ることで、全ての窓ガラスの色分けに成功しているのだ。作品を一目見ただけではわかりにくいが、フロントガラスは左右に分割されており、正面で合流する構造をとっている。正方形の一辺を窓のインサイドアウトに豪快に使った、新規性の高い、非常に面白い構造である。

左:ボディ部の構造イメージ図 右:折りあがったもの

 そしてこの構造はタイヤ部のインサイドアウトとともに、ハンドルを切ったタイヤの造形をも可能にしている。既存作品によくみられる構造では、”腹割れ型”、”背割れ型”問わず、ボディとタイヤが隣り合った状態で折りこまれるため、タイヤの造形自由度がどうしても低くなる。それに対し本作は、ボディ部とタイヤ部をほとんど別個に折り出すことで、柔軟なポージングが可能になっているのだ。はちけん氏の設計力の高さに脱帽である。

作品のディテール造形

 ここまで、全体の構造に触れてきたが、各部のディテール一つ一つをとっても細かな折り紙技術が盛り込まれている。

フロント部写真。このような”線”の複雑なインサイドアウトは難易度が高い。

 車体正面には、モチーフであるベンツの象徴、「スリーポインテッド・スター」と呼ばれるエンブレムが折り出されている。円の中心から放射状に3本線が出るマークを、正六角形に見立てて”折り紙的”に折り出している。このような複雑なインサイドアウトは難易度が高いが、遠くから見ても一目でベンツとわかるレベルで折り出す技術力は流石の一言。

タイヤの写真とサイズ計算値。

 角度のついたフロントタイヤは、22.5°線で構成された正八角形がベースの立体構造となっており、良く観察してみるとタイヤの裏側まで折られているのがわかる。少々踏み込んだ話をするが、正八角形の辺を蛇腹の2マス分とすると、図のようにタイヤの大きさが2+2√2(≒4.8マス)となる。この大きさが車体全体対して適切になるように、本作ではタイヤ部分に1/6の幅変換を施し、サイズ調整をしている。細かな技が光る所だ。
 この計算された立体構造に、前述した構造による造形的な自由度とインサイドアウトが組み合わさり、本作の特徴であるハンドルを切ったタイヤが生まれたのだ。車という静物モチーフにキャラクター性が付与されている。アイデアもさることながら、それを折り紙で実現できる技術力もまた秀逸である。

スペアタイヤ部。背面の割れを上手く隠している。

 スペアタイヤも同じく22.5°線からなる正八角形がベースである。モチーフのベンツに習いわずかに左にずれて配置されており、展開図上ではこの部分のみ部分的に左右非対称な構造をとっている。展開図左側でスペアタイヤを、右側でテールランプを折り出しており、構造的に無駄がない。また、構造上車両背面部には割れが生まれるが、このスペアタイヤで上手く隠している点も技術的なポイントである。

 上記以外にも、既存の車作品では省略されることも多いドアミラーや、車体前後に存在感を示すナンバープレート等のインサイドアウト、角ばったフェンダーなど、細かく上げればきりがない。これらのディテールを作品全体のバランスを損なわずに折り出すことができるのは、やはりはちけん氏の卓越したデザインセンスによるものであろう。

折り紙らしさの分類と設計的折り紙の魅力

 折り紙作品の一つの評価視点として、”折り紙らしさ”がある。構造的に制約の多い折り紙という手法で造形作品を作るにつき、単に造形をするだけではなく、どこかに折り紙ならではの要素が求められる側面がある。”折り紙らしさ”が作品に生かされていなければ、「粘土やペーパークラフトでやれば良い」など、ネガティブな印象を抱く作家も多い。
 さて、この作品は”折り紙らしい”と言えるだろうか?

上面写真。パキパキと平らで無機質な構造をしている。

 「折り紙らしさ」を大別すると、紙ならではの要素である、折り筋・紙の折り重なったヒダ・小口などの”表面的要素”と、直線的・平面的・幾何的な要素などの”造形的要素”の二つに分けられると考えられる。本作を見てみると、おおよそすべてのパーツが直線的・幾何的に作られ、”造形的要素”は折り紙らしいと言えるかもしれない。しかし、”表面的要素”に着目すると、紙の厚みを徹底的に排し、限りなく平らな面構成をとる、”折り紙らしくない”無機質な見た目をしている。「もはや折り紙に見えない」、「生成AIのようだ」という感想も寄せられたが、この”表面的折り紙らしさ”の欠如から生まれているのだろう。創作者のはちけん氏は、設計時には厚みが0の理想的な紙を想定して設計しているそうで、”表面的折り紙らしさ”の無さはそこに起因しているようだ。しかし、その”表面的折り紙らしさ”を無くしてもなお、本作に熱量と魅力を感じるのは、創作者に「造形を折り紙的手法・設計でやり通す」という偏執さや暴力性のようなものを感じるからだろうか。

 そもそも創作者のはちけん氏は、折り紙創作をするにつき、アイデアが浮かんだ時点である程度満足し、展開図を作成するパズル的要素は楽しむが、こと本折りに関していうと「発表するために仕方なく折っている」側面があるという。折り紙(特に不切正方形一枚折り)をすることに対し、制約の中で”答え”を見つけるという、造形とはまた異なった側面に魅力を感じているようである。はちけん氏以外にも、今回のレビュアーをしてくれたσ氏も同様の魅力を感じているそう。”設計的”折り紙創作家は独特な視点で折り紙を楽しんでいるようだ。
 作品の造形以外に、その作品の構造・設計の面白さも折り紙の魅力である。言語化が難しい部分ではあるが、品評を通してその面白さの一部でも伝わってくれていると嬉しい。

終わりに

 今回の品評作品『メルセデス・ベンツ・Gクラス(ゲレンデヴァーゲン)』は、ここ数年の折り紙作品の中で、最も「これ本当に折り紙なんですか?」という驚きを生んだ作品であったと思う。徹底した箱型造形に、偏執なまでのインサイドアウト、エンブレム・ライト・タイヤなどの各部のディテールの高さとそのバランス、どれをとっても作者の高い折り紙力が見て取れる。
 本作が車の折り紙に革新的な進歩をもたらしたことは間違いない。神谷哲史氏の『龍神』発表以降、鱗を折り出した作品が増えたように、車の作品を作るときの一つのベンチマークとなるはずだ。筆者は、この先創作される車の折り紙に一層の期待を寄せずにはいられない。

 このnoteを読んだ方が、折り紙作品を鑑賞するとき、もしくは創作をするときに、何か指標となるような、”折り紙を見る眼”が得られていることを、私は願っている。

レビュアー紹介

レビュアー① ほんしょい氏

ほんしょい氏

 幅広いジャンルの折り紙創作を行うオールラウンダー。作風は端正だがその構造には一癖も二癖もあり、非対称構造の独特なカド配置やどんでん返しのある折り工程など、一見珍奇だが有効な折り紙技術が続々と出てくる。早稲田大学折り紙サークルW.O.L.F.の創始者で、折紙創作集団スクエアでも活動するなど、活躍の幅も広い。
元所属サークル:早稲田大学折り紙サークルW.O.L.F.
SNSリンク:X(旧Twitter) Instagram

レビュアー② 萩原元氏

萩原元氏

 角度系の動物作品を得意とする折り紙創作家。角度系に特徴的な直線的で広い“面”の造形に巧みなインサイドアウトが合わさり、その作品群はアイコニックかつ愛らしい。動物の”動き”に着目した作品も多く創っており、ディスプレイ方法まで細かいこだわりを見せる。オンライン講習文化を築くなど、折り紙界隈への貢献度も高い。
SNSリンク:X(旧Twitter) Instagram

レビュアー③ σ氏

σ氏

 超複雑系の昆虫作品を得意とする折り紙創作家。創作が盛んな蛇腹折り設計において、非常に高いレベルが求められる整数比角度系を自在に使いこなし、脚のトゲまで折りこんだカブトムシなど、”超リアル”な作風が特徴。PC上で作品の設計を行う独特な創作法を用いており、実際に紙を折る前にはもう作品は”完成”している。
SNSリンク:X(旧Twitter) Instagram

雑記

 以下、品評会にて議論した内容を少し書き記しておく。実際の議論では以下の点含め、良い点・悪い点双方を意見交換しているので、興味があればぜひ次回の品評会にご参加ください。

  • フロントのディテールバランスに改善の余地あり?エンブレムを小さくする、フロントライトのディテールを折り込むなどするとバランスが良いかも?

  • 全体のディテール感から見るに、ワイパーが欲しいかも?

  • 箱型の思い切ったデザインのため、ところどころにある「入ってしまった折り線」が気になってしまう

  • 試作~本折りまで何回折る?

  • 厚み0の紙で設計してCGで再現が理想?本折りの紙を想定して設計する?

筆者自己紹介

kal_ori(筆者)

kal_ori
 非常に写実的な作風を特徴とする折り紙創作家。主に蛇腹を用いながらも、緻密な設計をせず「アドリブで」造形するという独特の創作法を用いる。他にも、正方形以外の用紙を使用したり、複合・着彩等の手法も取り入れ、既存の複雑系折り紙の枠にとらわれない造形を追究している。
元所属サークル:早稲田大学折り紙サークルW.O.L.F.
SNSリンク X(旧Twitter) Instagram note

ご案内

 今回の折り紙作品品評会など、活発な議論を通して折り紙に向き合い、企画・発信を行うコミュニティ、『Folder's Lab』を発足しました。折り紙について議論する専用のディスコードサーバーを立ち上げ、サーバー内でテキストチャット、ボイスチャットを使って議論・交流をしています。
 今回の品評会でも、ボイスチャットを使って創作者⇆レビュアー間の直接的なやり取りをしています。
 議論に参加したい人、議論してみたいテーマを持っている人、議論には参加しないかもしれないけど聞くだけ聞いてみたい人、私のX(旧Twitter)にDMをいただければご招待いたします。ぜひ、皆さまご参加ください。

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