”折り紙を見る眼” 第2回折り紙品評会『鬼』
折り紙作品を見るときにあなたはどこを見ているだろうか?
「折り紙作品をどう見るか」を作品の品評を通して紹介し、折り紙の魅力を発信する企画、”折り紙を見る眼”。第2回となる今回は、折り紙創作家taiga氏の作品『鬼』を題材に、確かな実力のある折り紙作家、長山海澄(Kaito)氏、峯尾 彰太朗氏に私を加えた3名のレビューのもと、その作品の表現や構造の面白さ、折り紙ならではの魅力など、折り紙作品を多角的に紹介していく。
前回の”折り紙を見る眼”はこちら(詳細な記録なのでちょっと長いです。)
なお、今回のnoteは前回のような作品紹介→レビュー→質疑応答の流れをとらず、筆者が品評会の内容を総合的にまとめたものとしている。より作品の魅力がダイレクトに伝わる内容になっていると思うので、気軽な気持ちで読んでほしい。
筆者自己紹介
kal_ori
非常に写実的な作風を特徴とする折り紙創作家。主に蛇腹を用いながらも、緻密な設計をせず「アドリブで」造形するという独特の創作法を用いる。他にも、正方形以外の用紙を使用したり、複合・着彩等の手法も取り入れ、既存の複雑系折り紙の枠にとらわれない造形を追究している。
元所属サークル:早稲田大学折り紙サークルW.O.L.F.
SNSリンク X(旧Twitter) Instagram note
品評作品の創作者紹介
端正な作風が特徴な実力派折り紙創作家。直線的なデザインからハイディテールな立体作品まで幅広く手がけ、その作品群には折り紙に向き合う真摯な姿勢と”美”を感じる。「折り紙文化の保護と発展」を目標にLampo社を立ち上げ、折り紙×カレンダーのアイデア商品を手がける他、Youtube、Instagramでの動画発信も精力的に行っている。
元所属サークル:慶応大学折り紙サークル折禅
SNSリンク:X(旧Twitter) Youtube Instagram
評価対象作品『鬼』
鬼 Oni
山本 大雅 Yamamoto Taiga
2023.10.9
作品品評
モチーフ「鬼」と折り紙のデザイン
紙を折った線は定規を使って書いた線よりも直線であるらしい。やはり折り紙といえば直線的・幾何的なデザインが特徴である。この作品は「鬼」という題材のエッセンスを、折り紙的な直線のデザインに巧みに落とし込んだ、まさに“端正“な折り紙作品である。
この作品のような「お面」の折り紙作品の歴史は河合豊彰⽒に端を発し、布施知⼦⽒などによって多くの作品が⽣み出されてきた。現在も松尾貴史⽒などにより精力的に創作が行われている。既存の「お面」の折り紙作品の特徴として、曲線的・有機的な仕上げを要求するものが多かった。それと比較すると本作は、緻密な”面”コントロール技術と、はっきりとした色分け(インサイドアウト※詳しくは次章)技術によって、直線的・幾何的なデザインに落とし込んでいる。現代折り紙の技術が凝縮された作品であると言えよう。
「鬼」というモチーフと作品のディテールのバランスに注目して、見ていくと、色分けされた部分である釣りあがった目と口角、手前側に伸びた角や、下向きに伸びる牙がアイコニックに表現されており、遠くから見ても一目でモチーフの「鬼」と認識できる。一方で、近くで詳しく観察してみても、眉間から眦にかけての立体化や、鼻梁の浮彫り表現、緻密にコントロールされた口の輪郭など、ディテールが損なわれることなく鑑賞することができるバランスの良い造形をしている。
また、絵画やイラストのような2次元表現と本作のお面のような平面”的”折り紙作品の大きな差異として、物理的な”影”があることがあげられる。例えば眉の立体的なラインから眼球に入る影や、鼻下の人中付近に入る影は、絵画では入りえない(描くことはできるが)。本作はこの影によって、直線的・幾何的な固く冷たい印象に、幾らか有機的で柔らかな表情を与えている。こけた頬や色白の肌など西洋的なデザインを取り入れながら、どこか得体のしれない、モダンな「鬼」像を表現している。
インサイドアウトと構造的な面白さ
折り紙用紙といえば表が色付きで裏が白色、というイメージを持っている人も多い。この紙の表裏の色の違いを使って、模様やパーツを折り出す技法をインサイドアウト(海外ではcolor change)という。例えば紙の端をぺろっとめくるように折ってみると、表裏の色を隣り合わせにすることができるだろう。この作品では、このインサイドアウトの技法を用いて、肌の色と目・口の色を折り分けているのだ。
インサイドアウトは紙の表裏の色を使うので、基本的に紙のふちをどう操るかを考えることになる。折り紙作品を広げた時についている折り線を書いた図(展開図)で、目と口はどこに位置しているかを見てみると、目は紙の左右上辺、口は紙の最下部の角部分である。構造的に特に興味深いのが口のインサイドアウト部分で、展開図では最下部にある口が作品ではアゴよりも上に配置されるよう、面白い構造をとっている。
口部分の構造を展開図を見ながら踏み込んで説明していきたい。人の顔において口のパーツは、顔の輪郭から離れた中央にある。インサイドアウトを使って口の色を黒く変えるためには、どうにかして紙のふちを中央まで持っていかなくてはならないわけだ。この作品ではこの課題を、顎を左右に分割して構成することによって解決している。展開図の赤丸部分が左右に分割された顎なのだが、紙の最下端を口のインサイドアウトのためにグッと上に持ってきて、左右からスライドさせるように紙を持ってきて顎を成型しているのだ。このような構造は新規性があり、taiga氏の創作手札の豊富さがうかがえる。
インサイドアウト以外にも、顔の各所の構造にtaiga氏の巧みな技術が光る。展開図を見ていると下部の構造がわずかに紙のフチよりも内側に配置されているのがわかるだろうか?この配置は、鼻のサイズを少し小さく調整する役割と、顎の先をわずかに丸める役割を兼ねた、一挙両得の策である。上唇の折れ線状のラインも展開図上に綺麗に表れており、緻密に設計されていることがわかる。
この作品は折ってもらう作品
ここまで、造形的・構造的な話をしてきたが、折り紙という分野・文化の一つの特徴として、再現性がある。折り紙作品の多くは、折り図や展開図など、折り方を説明するものを手に入れることができれば、その作品を自分で作ることができるのだ。音楽における楽譜、料理におけるレシピのような関係性に近い。そのため、前回の“折り紙を見る眼“で紹介した『ポリプテルス』のような、展示や写真で見てもらうことの目的の他に、この『鬼』という作品は折ってもらう・折り紙体験をしてもらうという目的を持った作品である。
本作品は『時折 2024』というカレンダー型の折り紙グッズに収録されている作品の一つで、月日が経って切り離されたカレンダーの紙を使って折り紙作品を作るという、lampo社(taiga氏の所属会社)のアイデア商品の2月分の作品である。意識したことのある方があまりいないかもしれないが、実は折ってもらうための作品というのは、折る人が迷わずスムーズに折れるようにさまざまな工夫が凝らされている。この『鬼』という作品は、制作難易度はやや高いが、折り紙愛好家から一般の方まで幅広い方に折ってもらえるように考えられて設計されているのだ。
例えば、展開図を見てみよう。赤丸の点に注目すると、実は魚の基本形の点と一致する。これは専門的にいうと1:√2という比率で表すことができる、折り紙において非常に導き易い基準点の一つで、折り始めるのにとてもとっつき易い。この作品はこの基準点から、90°の半分の半分の角度、22.5°の線を伸ばしていくと、全ての線が綺麗に折れるように設計されている。右下に行くにつれてやや複雑になっているように見えるが、一つ一つよく見ると、全ての線がこの22.5°の倍角の線になっていることがわかるはずだ。この22.5°の角度はそのまま完成系にも現れており、よく見ると随所にさまざまな形で存在している。鼻先が一番わかり易いので注目してみてほしい。
前述した仕上げの直線的なデザインも、折ってもらうにあたり迷わず完成形までたどり着ける点で有利に働く。現代折り紙においてはしばしば、曲線的な折りを多用して造形表現を探求した折り紙作品が存在するが、それらは良くも悪くも再現性を捨てているため、『時折2024』のような商品には不適だろう。
taiga氏は『乗馬』など、時に有機的・曲線的な折り紙作品も創る。本作のような比較的シンプルで直線的な作品から、写実的な複雑作品まで、幅広い創作範囲を持つのが、『鬼』創作者であるtaiga氏の魅力である。
おわりに
今回はtaiga氏の『鬼』を対象に、3名の折り紙創作家にレビューしていただいた。前回の拙作『ポリプテルス』とは打って変わって、直線的で端正な作品であり、「これぞ現代折り紙」と言える良作であったと思う。折り紙分野はまだまだ幅広いので、今後も様々な作品の品評を通して、折り紙の魅力を掘り起こしていきたい。曲線を多用した作品や、ユニット・複合などの複数枚使った作品も今後紹介していきたいと考えている。
このnoteを読んだ方が、折り紙作品を鑑賞するとき、もしくは創作をするときに、何か指標となるような、”折り紙を見る眼”が得られていることを、私は願っている。
レビュアー紹介
レビュアー① 長山海澄(Kaito)氏
ユニット折り紙を得意とする折り紙創作家。「#毎日新作ユニット」と題し、毎日新しいユニット折り紙を創作するスピードとアイデア力は秀抜。折りやすい近似値の利用と独特な組み方を使う作品が特徴で、見て良し折って良しの多面的な面白さが魅力。近年は個展等の展示会を多く開催している他、折り図の発信も盛ん。
元所属サークル:東京大学折紙サークルOrist
SNSリンク:X(旧Twitter) Instagram
レビュアー② 峯尾 彰太朗氏
技巧的な設計が特徴の折り紙創作家。角度系で緻密に設計された作品群は、柔らかな雰囲気の作風に反して設計的に非常に興味深く、独特なパターンが突如として現れる展開図はもはや魅惑的である。これまで展示会を多く開催し、折り紙界隈外のアート領域との交流も深い。大学卒業後に美大を受験し、現在多摩美術大学1年生。
SNSリンク:X(旧Twitter) Instagram
レビュアー③ kal_ori
note冒頭紹介にて省略
雑記
以下、品評会にて議論した内容を少し書き記しておく。実際の議論では以下の点含め、良い点悪い点双方を意見交換しているので、興味があればぜひ次回の品評会にご参加ください。
鬼というより悪魔に見える?能面の鬼と比較すると正反対の要素も多い。
展開図上のあまった領域で鼻を作れば、もっと易しい手順になるのでは?
許される線と許されない線の差は何か?例えば額にある垂直線はなぜ気にならないのか?
水平線のずれは気になるけど、垂直線のずれは気にならない?
日本と海外の折り紙作家を比較したとき、顔の表現方法に差がある気がする?
折り紙作品をかっこよくとる写真の撮り方は?(ガンプラと同じ?)
ご案内
今回の折り紙作品品評会など、活発な議論を通して折り紙に向き合い、企画・発信を行うコミュニティ、『Folder's Lab』を発足しました。折り紙について議論する専用のディスコードサーバーを立ち上げ、サーバー内でテキストチャット、ボイスチャットを使って議論・交流をしています。
今回の品評会でも、ボイスチャットを使って創作者⇆レビュアー間の直接的なやり取りをしています。
議論に参加したい人、議論してみたいテーマを持っている人、議論には参加しないかもしれないけど聞くだけ聞いてみたい人、私のX(旧Twitter)にDMをいただければご招待いたします。ぜひ、皆さまご参加ください。