伝統芸能の[間(ま)]の授業《初級者編》
《前回のお話はこちら↓》
伝統芸能の世界では、
[音]が鳴っていない時間を[間(ま)]と表現する。
[間]というのは、何なのか、
無音ならば[間]と言えるのだろうか?
今回は、[間]の授業《初級者編》だ。
皆さんは、“無音”について日常で意識した事があるだろうか?
まずは、[音]と“無音”の関係性を意識する事から始めたい。
琵琶の[音]と[間]は違うものなのだろうか?
それとも、同じものなのだろうか?
演奏家は、習い始めの頃、
琵琶の[音]と[間]は違うものとして意識させられる。
[間]とは、[音]と[音]のあいだ、
[音]を鳴らさない“無音”の時間だと習うのだ。
そのイメージをあえて少し強めてみたい。
琵琶の[音]を実際にあるもの、
形ある実存として捉えてみる。
そして、[間]は、実際には無いもの、姿形のないもの、空気みたいに見えないもの、存在しないものとして捉える。
琵琶の[音]と[間]をまったく違うものとして分けてみる。
これは案外自然に出来るのではないだろうか。
音が鳴っている琵琶の[音]と、
音が鳴っていない“無音”の[間]を二項対立させてみる。
[音]と[間]は似ても似つかぬ他人だと考えてみる。
違うものとして、別々に眺め、別々に扱かってみる。
そのような気持ちでお稽古をしてみる。
初心者の琵琶奏者のお稽古は、だいたいそんな感じだとは思う。
それから、いつものお稽古を録音してみて欲しい。
演者じゃ無ければ、静かな時間帯や場所でフィールドレコーディングしてみて欲しい。
果たして“無音”だと思っていた“空間”や[間]は、
本当に“無音”だっただろうか?
録音する事の効果としては、
出してる[音]を客観的に確認出来る事と、
出していない“無音”である[間]を確認出来る事だ。
音楽は[時間]である。
改めて言う事でもないが、
記録されなければ、通り過ぎて行ってしまうものである。
録音する事により[時間]は切り取られ、
再現可能な状態になる。
切り取られた[音]の実存はより強化され、
“無音”であるはずの[間]も、
空間の微かな[ノイズ]として記録される。
[間]の見える化への第一歩となる。
録音しなければ、気づかずに通り過ぎてしまう微かなノイズ。
録音物の“無音”であるはずの[間]の囁き声に耳を傾けてみよう。
しかし、その囁き声は“亡霊の声”である。
[間]は、録音物の中では生きていられないのだ。
《中級編》へ続く。
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