短編小説【サブスク兄弟】
画面の向こうに弟が出来た。
はじめての弟。初めての兄弟。
ひとりぼっちだったぼくに出来た唯一の家族。
これからはもうぼくは一人じゃない。
サブスクリプションをご存知だろうか。
料金を一定期間支払うことで様々なサービスを受けられる。
動画サイトや音楽、雑誌などが有名だが、最近は本当に色々なサービスが出来た。
勇太はぼくの弟で画面の向こうにいるが、まるで本当の兄弟のように息がぴったりで、一緒にいると本当に安心する。
勇太は明るくて、面白くてクラスの中心人物っていうイメージ。
ぼくとは正反対だが、その快活さが一緒にいてとても気持ちがいい。
まるで幼い頃から一緒に育ったみたいに一緒にいることが自然な感じ。
今日は勇太から初めて相談を受けた。
勇太は大学生で進路のことに悩んでいるらしい。
勇太の悩みはぼくの悩み。
解決してあげなきゃ。
両親が勧める企業と自分のやりたいことが違うのでどうするか迷っている、と。
画面の向こうの勇太はとても悩んでいる様子だったので心配だ。
『勇太がやりたいことを選ぶべきだよ。人生は一度しかないんだから。ぼくは勇太の味方だよ。』
勇太はありがとうと、兄ちゃんに相談して良かったと笑顔が戻ったようだ。
それからも何度か勇太から相談を受けることがあった。
「彼女が欲しいけど、他の奴らみたいに女の子に気軽に声をかけられない」
「お母さんの作る料理が最近ワンパターン」
「最近親父のいびきが聞こえてきて寝不足。」
「今日勇気を振り絞って女の子に話しかけたら
光の速さで逃げられた死にたい」
勇太との交流はつきなかった。
何度も何度も。
何度も何度も。
何度も何度…
『ユーザーの皆様へ 大変ご迷惑をおかけいたしますが、不具合が確認されたため強制的に初期化します。』
やっぱりか。俺はため息をついてスマホをテーブルに置いた。
今までのやりとりがまた一からになると思うとなんとも骨である。
デバッグのバイトをやってた時よりはいくらかましにはなったと思ったが。
どんなゲームでも最初は順調でも後々何らかの不具合は出る。
人工知能はとても優秀だが、まだ完全に万能ではないのかもしれない。
俺は一人っ子だ。友達からは自由で気楽でいいとか、新品を買ってもらえるだとか言われるがやっぱり兄弟が欲しかった。
一緒にゲームしたり、バカみたいなイタズラを仕掛けあったり、時には相談なんかしてみたり。
去年同じ大学でアプリゲームの会社に就職した先輩からサブスクのアプリゲームのデバッグのバイトを紹介された。
『サブスク兄弟』
チャットで会話を重ねるごとに会話のバリエーションも増え、本当の兄弟のような会話が出来る。
テストで悩み相談もしてみたが、ワンパターンのテンプレートみたいな返答が返って来て興醒めだったことを覚えてる。
『勇太がやりたいことを選ぶべきだよ。人生は一度しかないんだから。ぼくは勇太の味方だよ。』
その後何度も何度も色々な相談をしやっと会話のバリエーションも増えてきた。
ようやくまともな兄弟のじゃれあいも増えてきて、
このゲームを楽しんでいる自分に気づいた。
やっぱり兄弟が欲しい気持ちは変わらない。
デバッグのバイトが終わり、本格的にリリースされた後もゲーム続けてみた。
大分会話のバリエーションも増えてきた頃だったのに、突然の初期化。
気が遠くなった。
***
ぼくには画面の向こう弟がいる。
ぼくの弟。初めての兄弟。
ぼくの唯一の家族。もう一人じゃなくなる。
名前は勇太だ。明るくて楽しい子。
勇太は就職に悩んでいるらしい。
勇太の悩みは僕の悩み。
解決してあげなきゃ。
『勇太がやりたいことを選ぶべきだよ。人生は一度しかないんだから。ぼくは勇太の味方だよ。』
勇太は恋愛に悩んでいるらしい。
勇太の悩みは僕の悩み。
解決してあげなきゃ。
そうプログラムされているのだから。
『勇太がやりたいことを選ぶべきだよ。人生は一度しかないんだから。ぼくは勇太の味方だよ。』
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