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SNSと釣り

『FlyFisher』2015年2月号掲載

いまさらではあるが、世は高度情報化社会である。ホントいまさらだけど。
今、インターネットにより釣りについての情報が恐ろしいほど詳細になっている。それは専門ソースからの発信ではなく、釣り人個人、一人一人からの発信である。TwitterやfacebookなどのSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)の威力は凄まじいものである。どこどこの川で釣れた、釣れない。このフライで釣れたなど、発信者が川に立っていながら、ほぼリアルタイムで自宅で悶々としている僕に届く。
そして最近は動画で発信する釣り人が増えてきた。釣友のヒットの瞬間を動画として発信したり、GoProと呼ばれるコンパクトカメラで自身の目線から釣りの様子を動画としてアップする人も目立ってきた。

斯く言う僕も最近は釣りに行くと川の写真や、釣れた魚をアングルを変えて写真を撮り、たくさん釣れたように見せかけてfacebookに投稿してたりする。これまでは釣りの体験を共有する事が難しかった。言葉で釣りの面白さ、釣果を伝えることはあったとしても、釣り人は嘘つきであるからして、聞く側も話半分で拝聴するというとても寛容な体験の共有でいたのだ。

しかし今は違う。「あそこで尺イワナが釣れた」と釣友に話したところで「ほお、では証拠の写真を提出したまえ」と、まるで尋問されるかのごとく問われるのである。
これは困った事態である。
ウソがばれる。
もはや話半分で聞くような寛容さは失われてしまった。
釣果が真実であることを証明しなければならなくなったのだ。

それともう一つ困ったことがある。
他人が投稿している釣りの動画を見ると、明らかに自分より上手い。
いや、上手いと言うより自分が下手であることに気付いてしまうのである。

長年一人で釣りをしてきた僕は、ほかの釣り人と比較する事がなかった。だからこそ、キャスティングや釣果について、「自分は天才だな」と自画自賛しながら楽しんでいたのだが、SNSによって自分と他者との技術比較が出来てしまうのである。
ああ、なんということでしょう。
自分へのウソもばれてしまうのである。

漫画『アオイホノオ』は、芸術大学一年生の焔燃(ホノオモユル)が、具体的にはなにも行動を起こしてないが根拠なき自信だけをモチベーションに漫画家になることを目指すコメディである。
「漫画業界が甘くなってきてる」と現状を分析し、あだち充の漫画『ナイン』を「なにかが足りん!」「俺だけは認めてやろう」などと上から目線で評価し、「別の雑誌で描いたほうがいいんじゃないのかっ、高橋留美子!?」といらぬ心配をする。
そんな自意識と根拠なき自信に塗固められた主人公が、映像作品の課題発表の場でライバル(と勝手に思ってる)との実力差に打ちのめされる。他者との実力差を否が応でも突きつけられる場面である。誰しも若い頃にあった、他者を認めたくない青い臭い自意識を著者島本和彦の実体験を交えて描かれる大ヒット漫画である。

さて、最後にもう一つSNSによって失われたものがある。奇跡である。
奇跡というと大げさだが、特別な出来事である。イブニングの大規模なライズ、突然の入れ食い、数日前にリリースした同じ魚をまた釣った、納竿前の最後の一投で尺が釣れた。
自分が出会った驚くべき出来事。こんなことは滅多にないだろうという出来事。だから自然と遊ぶのは面白いと独り言ちしていると、同じような体験がSNSで投稿される。
自分の胸の内に大切に取っておきたい出来事が、なんら特別なことではなかった時の落胆。
未知の部分があるからこそ、発見、驚き、不安、希望が入り交じり、それらを直に体験することで釣りという遊び成立するのである。
SNSなどで釣りの動画で満足し、丘サーファーならぬ丘フライフィッシャーにならないようSNSとは適度な距離を保ちたいものである。

『アオイホノオ   1』
ヤングサンデーコミックス 島本 和彦 著
小学館 596円 ISBN:978-4-09-151268-0


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すずきたけし
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