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事故物件ならぬ松竹の「自社案件」|『事故物件 恐い間取り』(ネタバレ)

中田秀夫監督ですよ。
『スマホを忘れただけなのに』の2作を監督しているあの中田秀夫監督ですよ。もちろん中田秀夫監督といえばJホラーブームの火付け役ともなった『女優霊』や『リング』の監督であること忘れてはなりません。『スマホを〜』は忘れてもいいですがホラー映画の中田秀夫監督は忘れないでください。
 ということで今回は松原タニシのベストセラー『恐い間取り事故物件怪談』の映画化『事故物件 恐い間取り』です。
そう、ホラーです!
中田秀夫監督のホラー映画が見られるんですよ!(フラグ)

といっても公開から1ヶ月。しかも平日のレイトショーにもかかわらず、劇場に客席をチラ見すると中央に女性二人が一席開けて座っていて自分以外にも観に来ている人がいたことに少しびっくり。

で、映画というと
「殺人・自殺・火災による死亡事故等があったいわくつきの部屋に1人の芸人が住んでみた、実話」とポスターにがっつり書いてある通りなんですが、雑に粗筋を説明しますと舞台は大阪。売れない漫才コンビ「ジョナサンズ」のナカイとヤマメはライブでは滑りまくり「受けへん」と言って解散。相方のナカイは放送作家のアテがあったもののヤマメはピンでやっていく自信もなく路頭に迷う。そんなヤマメに「噂のシンソウ」という探偵ナイトスクープみたいな番組のプロデューサーから「“事故物件”に住んでレポートしてみて」という無茶振りがあり、殺人事件のあったアパートに引っ越すと心霊映像が撮れちゃったものだから話題になり、番組も自身の人気も上がっていき2軒目、3軒目と事故物件を渡り歩いていくヤマメ。しかしヤマメ自身にも命の危険が迫って来るのであった……といった感じ。

まあ、なんといいますか……脚本が酷い。
これホラー映画ですよね。
ホラー映画であるのに開始20分(体感)くらいは売れない芸人の悩み、将来、妬みみたいな夢を追う若者の話がダラダラと続くんですよ。
 主人公コンビのつまらないコントを(ホントに酷い)唯一笑ってくれるファンのアズサちゃんとヤマメとナカイは3人で居酒屋で自分語りを始め、ヤマネは
「笑うと174秒寿命が伸びるんだ。だから子供の頃に余命わずかの病気のお婆ちゃんを毎日笑わせて1年生きたんだ」
と芸人目指すきっかけを話す。
 こんなの話したら芸人として自殺行為じゃないのか。
「いい人。笑ってあげなきゃ」と思われていいのかヤマメよ。
あ、だから解散しちゃったので物語的には納得っちゃ納得なんですけど、致命的なのはこの174秒が映画においてなんの伏線にもなってない……174秒が「生」の力を持っているなら幽霊笑わせて成仏されるのかと思ったのに……。
 加藤諒の顔芸のみの(劇中での)人気コンビを登場させてウケない主人公たちの悔しさを演出してたりするんですが、映画の本筋と全く関わりがありません。芸人として成功しなければ後がないという焦燥感はその後「事故物件に住む」という無茶振りを断れないという理由になりストーリーの展開上重要なポイントではあるのですが、本作でその部分については冗長でしかも薄い。しかも余計な人物を数多くインサートしてしまい逆にホラー映画としての道筋から観客を逸らしてしまっています。唯一コンビ二人のファンであるアズサちゃんはテレビのヘアメイクさんを目指していて京阪テレビのヘアメイク(MEGUMI)の助手になるのですが、芸人から「この前髪なんなのよ!!」と失敗を叱責され落ち込むアズサちゃん。こんな演出は全くストーリーに関係ないし、主人公コンビのいらない志望動機を描く割にアズサちゃんがヘアメイク目指す理由とかは全く描かれず、こりゃあ後付けで女性キャラクターを乗っけたんじゃなかろうかというくらい正直いなくてもいいキャラクターです。
とにかくこの映画は余計なキャラクターが多い。安田大サーカスの団長、クロちゃん、華井二等兵、よいこ、と言った松竹芸能のタレントが大挙して出演。原作者である松原タニシ自身が松竹芸能所属というのもあるが、よくよく考えたら映画の配給・制作も松竹ということで事故物件ならぬ完全な松竹にとっての「自社案件」。ホント白目になることが多い映画です。

そんな中で、もはや希望は中田秀夫監督のホラー演出のみ!そう、これはホラー映画なのです!と思っていたらのっけからCGで作られたモヤーっとした黒い影が日の丸構図(中央にどんと被写体を据える)で恥じらいもなく登場。ずっこけましたよ。今日日蠢く黒い影を映画の大スクリーンでまともに観られるとは。中田秀夫監督の『女優霊』を見てごらんなさい。日常の片隅、何気ない写真の隅っこに溶け込むように“異物”があることの怖さ、薄気味悪さこそがJホラーの原点であるはずなのです。それがこれですよ。今やYouTubeの心霊映像の方がセンス良いですよ。また恐いシーンだけでなく何気ないシーンにおいてもホラーで重要なのが環境音。車の往来の音、通行人の足音、人々の話し声、風の音。これら環境音の明暗で日常と異界の境界が感じることができ、また逆にその境界を越えて異物が日常を侵食する恐ろしさを感じることができる重要な演出ですね。本作でもアパートまでの道すがら聞こえる車の往来の音、玄関の前で聞こえる近所の音、などなどがしっかり聞こえますが、それがうまく「いわくつきの物件」とのコントラストになっていないのです。
いくつかのホラー映画を見ていていると感じられますが、主人公だけが不可解なことに取り憑かれていく過程で孤立していく恐ろしさ、薄気味悪さとはこのような日常から切り離されていくことの演出の積み重ねだと思うのです。その中で日常の環境音から隔絶された時にホラー映画としての緊張感が映画内に漂うモノなのですが、事故物件に入室したときにそのメリハリが希薄なために普通ではない“嫌な場所”という雰囲気が全く感じられないんですよね。

そんな感じで肝心のホラー映画のルックになっていない本作なんですが、なんだかんだで主人公が事故物件に住む→心霊現象が起きる→その部屋で何が起こったかが判明するというパターンで三軒くらい渡り歩きます。
アズサちゃんは霊感があるので、心霊現象を撮影するのに炭鉱のカナリアよろしく都合よく部屋に連れてこられます。酷い。
そんな事故物件はその部屋で何が起こったかの詳細は不明らしく、タイルの割れやロフトの梯子の曲がり、洗面台の詰まりと言った痕跡が心霊現象によっての真相に主人公が気付くという流れですね。だからといって各物件にオチがある訳でなく次の物件に移ってしまいます。
二軒目に移った時点ですでにヤマメは結構な人気者になっておりトークイベントや本まで出版している(まだ初めて二軒目の事故物件なのに一冊書けるのか?)。もちろん劇中で登場するのは原作本です。

そしてヤマメは「事故物件芸人」としてついに東京進出。住まいを稲毛に(稲毛は千葉です)。もちろんそこは事故物件なんですが、なんちゅうかもう語るのも億劫というか説明するのも面倒ですが、様々な霊が大挙して現れて、いままでヤマメにつきまとっっていた黒い頭巾を被った死神みたいなヤツ襲いかかる!ヤマメ危機一髪!というところで間一髪アズサちゃんが助けに入ります(大阪から稲毛まではるばる)、しかしアズサちゃんは霊感があるだけでなんの役にも立ちません。危ない!とその時、ドアを破って入ってきたのは相方ナカイ!(大阪からはるばる稲毛まで京葉線で)
なんだよ、このコント。
そこでなんかお線香吹きかけたりして反撃します。実はこの線香攻撃、ヤマメが事故物件でお世話になってる不動産屋の社員のアドバイス。もうワケわかりません!

ということで映画が最後どうなるかはご自身の目で確かめていただいて(無責任)、エピローグでは中田秀夫監督自ら『女優霊』へのセルフオマージュをかますことで、なんとか溜飲を下げる映画でした。

まとめとしましては映画のルックが不統一。
“ニートの中年が年老いた母を虐待して殺した物件”というかなり胸糞悪いシーンをぶっこんでくる割に、それ以外があまりに軽くて、ふざけてるのか真面目に怖がらせたいのかわからない映画です。
たくさんの事故物件を渡り歩いたことで霊を連れて歩くことで部屋に霊が濃縮されていって大事になるとか、その霊に別の事故物件の強力な霊をぶち当てて戦わせるといった『貞子vs伽倻子』的展開にするとか、『来る』の比嘉琴子女子のような霊能者を呼ぶとか、渡辺篤史を呼ぶとか色々あると思うんだけどな。

ということで松原タニシが実際に住んでいた部屋の写真が映し出されるエンドロールもほどほどに席を立ったのですが、前の席にいたはずの女性ふたりがすでにいないんですよ。途中退席したのを見た覚えもないのに。
今回の映画はそれが一番怖かったですね。

そんな映画『事故物件 怖い間取り』、よかったら見てみてくださいね。

鑑賞日9月28日

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「事故物件住みます芸人」として、実際に9軒の事故物件に住んだ芸人・松原タニシの実体験を記したノンフィクション「事故物件怪談 恐い間取り」を亀梨和也主演で映画化。監督は、「スマホを落としただけなのに」「貞子」の中田秀夫が務めた。売れない芸人・山野ヤマメは「テレビに出してやるから事故物件に住んでみろ」と先輩から無茶ぶりされ、テレビ出演と家賃の安さから殺人事件が起きた物件に引っ越す。その部屋は一見普通の部屋だったが、部屋を撮影した映像には謎の白いものが映り込み、音声が乱れるなどといった現象が起こった。ヤマメの出演した番組は盛り上がり、ヤマメは新たなネタを求めて事故物件を転々とする。住む部屋、住む部屋でさまざまな怪奇現象に遭遇したヤマメは「事故物件住みます芸人」として大ブレークするが……。
公開日8月28日
2020年製作/111分/G/日本
配給:松竹


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