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人間の暴力性を問う普遍的な物語/『ナイチンゲール』

1825年、イギリスの植民地であったオーストラリア、タスマニア。犯罪者の流刑地となっていたこの地で軽犯罪で囚人となった主人公クレアは現地を監督しているイギリス軍の将校ホーキンスに使えていたが、ある日ホーキンスとその部下たちにレイプされ、目の前で夫と子供を殺されてしまう。
 復讐を誓ったクレアは銃を手にアボリジニのビリーとともにホーキンスたちを追うのであった。

 映画の舞台となる19世紀のタスマニアはブラック・ウォーと呼ばれるイギリスと現地アボリジニの戦いの真っ最中。歴史では最終的にイギリスによってタスマニアのアボリジニは絶滅させられてしまいます。
  当時のタスマニアは西洋から「生き地獄」と呼ばれるほど最も残忍な場所と考えられおり多くの重犯罪者がイギリスから送られていました。そこに”男女のバランスをとるため”に軽犯罪を犯した女性もこの地へ送られ、島の男女比は8:1となっていました。女性にとって地獄のような場所。そしてアボリジニにとっても。
 映画はまさにその女性クレアとアボリジニのビリーの物語なのです。

 現地の地理に不慣れなアイルランド人であるクレアは道案内としてアボリジニのビリーを雇いますが、クレアもまたビリーを「黒人」として蔑み警戒し信用していませんでした。当初クレアの態度も差別的で酷いものですが、タスマニアの過酷な地でサポートし続けるビリーに同じ人間としての敬意を持ち始めていきます。またアイルランド人であるクレアにとって劇中の25年前(1800年)にはそれまでイギリスの植民地であった故郷アイルランドがイギリスに併合され、イギリスは二人にとって故郷を奪った共通の敵であることになりお互い心を通わせるようになります。
アイルランドはその他にイギリスとの宗教上の対立が激しく(アイルランドはカトリック)、併合後にもアイルランド独立闘争はIRA(アイルランド共和国軍)によるイギリスへのテロなどが100年以上続くことになります(IRAが闘争終了を宣言したのは2000年)。

“わたしが描きたかったのは暴力についての物語。特に女性の視点から見る暴力の影響についての物語です。”
監督ジェニファー・ケントのこの言葉がこの映画のすべてですね。

 他者を排除し土地を奪い、入植する。植民地主義が暴力であったという事実と西洋人の傲慢さ残忍さ、そして男性社会の醜さ。映画でその象徴となるのがホーキンスという将校とその部下たち。アボリジニや女性へは残虐になる軍曹のルースだが、ホーキンスに叱られると「すみません・・・」とすぐに謝り大人しくなる。弱きものには強く出て権威にはひれ伏すというサイテーなクズ野郎。ルースのような弱い人間こそが実はもっとも暴力に依存する。このあたりは男性社会のディフォルメでしょうか。

クレアは仇であるはずのホーキンス大尉に銃を向けるものの引き金を引けず、復讐の機会を自ら逃してしまいます。見ていて「ええい!ひと思いにやっておしまい!」とイライラするのですが、このときのクレアは「人を殺める」ことへの恐れを持ったのではないかと思うのです。
そう、恨みを晴らすようなスカッとした映画ではないのです。
ここでよくあるリベンジエンタテイメントにならないところが、賛否が分かれるところかもしれませんね。

アメリカのネイティブアメリカンへの非道の行いと同じくイギリスの収奪による植民地政策はここオーストラリアでも行われていたものの、恥ずかしながら僕は全く無知でした。本作でそのことについて知るきっかけになってよかったと思いました。
またオーストラリアで自国の負の歴史を映画として描いていることに素直に尊敬しましたし、また本作はオーストラリアの一地域だけにとどまらず人間の暴力性を問う普遍的な物語だと思います。

鑑賞日・2020年3月29日

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イギリス植民地時代のオーストラリアを舞台に、夫と子どもの命を将校たちに奪われた女囚の復讐の旅を描き、2018年・第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で審査員特別賞ほか計2部門を受賞したバイオレンススリラー。19世紀のオーストラリア・タスマニア地方。盗みを働いたことから囚人となったアイルランド人のクレアは、一帯を支配するイギリス軍将校ホーキンスに囲われ、刑期を終えても釈放されることなく、拘束されていた。そのことに不満を抱いたクレアの夫エイデンにホーキンスは逆上し、仲間たちとともにクレアをレイプし、さらに彼女の目の前でエイデンと子どもを殺害してしまう。愛する者と尊厳を奪ったホーキンスへの復讐のため、クレアは先住民アボリジニのビリーに道案内を依頼し、将校らを追跡する旅に出る。主人公クレア役はドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」のアイスリング・フランシオシ、ホーキンス役は「あと1センチの恋」のサム・クラフリン。ビリーを演じたオーストラリア出身のバイカリ・ガナンバルが、ベネチア映画祭でマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞。監督は「ババドック 暗闇の魔物」のジェニファー・ケント。
公開日・2020年3月20日
2018年製作/136分/R15+/オーストラリア・カナダ・アメリカ合作
原題:The Nightingale
配給:トランスフォーマー



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