すきなことはなしたらいいのに

 なにをもって「ノロケ話」とするのだろう。少なくとも、目の前で好きな人のことを話しているこの人には、おそらくノロケている自覚はない。きっと恋愛相談のつもりでいる。内容は、好きな人がいるけれど、その人にはまた別の好きな人が、というありきたりな話だ。それでも聞かされる側にしたら、たまったものではない。ほかの話題にうつったところで、その根底には好きな子の影があるのがよくわかる。この場に実在はしていなくても、その子はずっと二人の間にいる。 
 恋愛が得意ではない私に、なぜこんな話をするのだろうとも思う。その熱意をもって、好きな人に話すことができたのなら、きっと悩みの半分は解決して、また違う悩みが出てくる。その繰り返しだ。だけど、少なくともへんに気を使って好きな子とうまく話せないのなら、深く考えずに

「すきなことはなしたらいいのに」
「そうだね、今は好きなこと話しているから、うまく話せている気がする」

 当然、好きなこと話しているのだから会話はしばらく続く。だけど、こんな風に私と話す時間があるのなら、私なんかに話しかけずに、もっと

「すきなことはなしたらいいのに」
「え、今、好きなことはなしてるよ」 

 真顔で返答されてしまった。私も一瞬真顔になってしまう。そしてその返答は私が期待しているようなことではないのは百も承知だ。それは文脈からよくわかる。好きな子の話を私にしていて、「好きな子と話している」になるわけがない。しかしそれが文脈から読みとれるとしても、どうしてそんなことが言えるのだろう。そもそも、私にアドバイスを求めるのも、そんな言葉を言えてしまうのも、日本語と私への意識が希薄だからであると言わざるをえない。いや、私もよくなかった。変な期待をしてしまった。彼にとっては、「好きな事話している」だけなのに。たぶん。

「そう、私も今すきなことはなしているから、お互い様だね」

 目の前の人はよくわかっていない顔をしている。こんな話が好きな事なのか、と思っているのだろう。
 そしてきっとこんな人だから、私がそっと混ぜた言葉の毒も稀釈されすぎてもはや水として消化している。私だったらする可能性のある行動も、あなたはきっとしない。というよりも、そういう選択肢にたどりつかない。「好きな事話している」としか思えないように、あるいは「好きな子と話したらいい」としか思えないように。
 だけど言葉も、物事も、私もそんなに単純ではない。私と、あなたと、あの子というような三者が、それぞれ単純さと複雑さを持ち合わせているように。主体的に自分がこうすればよい、というだけではない。何かを仕向けることのほうが、時には問題の解決になることもある。だから、私はあなたが気づかないと知りながら、そしてできないとわかりながら、それを逆手にとってずっと言っているのに。「好きな子と離せば良い」って。
 私だったらそうするのだろうか。できるだろうか。私は想像してみる。一つの言葉の、三つの意味の先を。
 あなたと、好きな事話していればきっとよい友情関係が構築されたまま、腐れ縁になりながらも長く笑うことができる。
 あなたが、好きな子と話したら、あなたは多幸感をおぼえながら、甘い幸の味を追い求め続けてまた違った悩みを抱く。
 あなたが、好きな子から好きな子を離すことができるところは残念ながら私には想像ができない。
 あなたを、好きな子と離すことができれば、私は自分の巧妙さを少し誇り、それを恥じ、罪悪感とともに生きていくことになる。
 それは否定のはじまりかもしれない。「すきなことはなす」から「すきなことはなさない」へ。引き離した罪悪感を隠すように、私は好きな事話せなくなり、あなたは好きな子と話せなくなる。あるいは、あなたがあの子と深く繋がってしまえば、私はさすがに好きな子と離せなくなる。そうしたら、また私は「すきなことはなしたらいいのに」と言うのだろう。
 どれが私の本心なのか。好きな事を話して欲しいと願い、また私にノロケもどきを聴かせるくらいならば好きな子と話せばよい、と思っているのも事実で、さらにその好きな子に、別の好きな人がいるのなら、それはそれで好きな子と離せばよい、とも思っている。どれを選択したって、きっとあなたは幸せになれると思う。一言に忍ばせた多重の意味を、きっと日本語への意識が希薄なあなたは気づけない。だから、その言葉の意味のうち、好きなものを受け取って実行したらいい。私は私で、意味を保留しながら今もなお「すきなことはなしている」のだから。
 その言葉は投げやりといえば投げやりで、解釈を聞き手に委ねている。それは同時に、私のありようと、目の前の人のこれからの行動も委ねていることになる。
 私とあなたとあの子。いずれは、それぞれがそれぞれの選択をきっとする。それは同じ言葉でも違う選択かもしれない。私の選択は………。


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