2020年 8月

15日(土)
昼前に起床。メールその他返信。12日に送った原稿の返事まだ来ず。問い合わせようかと思うが、まあいいかと放っておく。めだかの水を取り替える。藻がモリモリと繁茂して、水の中が見えなかったのが、先日までの長雨の日々、ある瞬間突然、スッキリと水が澄んで驚いた。調べたら、日光に当てていると藻が増え、遮断すると藻が死んで澄むのだという。なるほど太陽は偉大だ。一月近く、日光が差していなかったことが原因、しかし、本当に、夜には全く水の中が見えないほどだったのに、朝起きたらシレ―っと真水の如く澄んでいたのでギョッとした。極端。

昨晩、めだかの学校で、藻の大量同時自殺がありました。

酷暑の日差しで、藻は8割がた、復活している。めだかは悠々と生きたり、死んだりする。

「首里の馬」読了。

16日(日)
メールその他、通知数件。少し逃げていたやや重めのビジネス原稿、書き始めれば終わることは分かっていながら、ずるずると逃げ続けていたが、意を決して、昨晩から書く。資料はアタマに入っているので、まあまあ順調で9割くらい、だっと進む。週明けに送る旨、連絡。できるならば、と押し切られて、人に会うため池袋まで行く約束ではあったのだが。やっぱり気が進まない。進まないが、仕方あるまい。新宿まで出ることだって、近頃トンとなくなった。西口地下の飲食街閉店のニュース。都市はもう、機能しない。資本主義が停止して、静かな水の中を進むような暮らし。あまりに疲れて、スターバックスとドトールをはしごした。喫茶店と書店が救ってくれる。だからと言って、その2店だけが世界にあればいいとは思わない。私には不要な、雑多な多くの店の中に、ポツンとあって欲しいのだった。商店街と資本主義。シフォンケーキ食べたい。

「サンギータ」読了。

17日(月)
メール返信あり。原稿仕上げて入稿。終わった余韻で丸善、紀伊国屋をハシゴする。駅前の雑貨屋が移転し、空いた店舗がドトールになっていた。席数が極端に少なく、間にアクリルの仕切りもガッチリ施工。新しい生活様式対応ドトールというわけか。じゃちょっと入ってみよう、と席に座ってメニュー見たらミョーに高い。ブレンド550円くらいする。個人経営の喫茶店並だ。よく見たら、なんか普通じゃない高級ドトールとのこと。はかられた!と思ったが、ソファがゆったりで快適だった。席数減で客単価上げるのはまあ、考えたら当然か。劇場も、限られた高級ライブ席と、お安い配信チケットとに二分化してゆくのだろうか。下北沢なんかの小劇場は、既に普通の席でも高級席並の値段取るが。数年前からスズナリで5000円とか、普通な感じになってて、ゾッとした。まあ、人は人。

「スーベニア」読了。

18日(火)
朝から打ち合わせ一件、通信で。部屋で打ち合わせると、資料がすぐ出せて良い。あれもこれもとリュックに詰め込んで殆ど役に立たない、という事が多かったからね。でも、今日はこれはいらないかーと持ってこなかった資料ほど、必要になるあるある。そういう一切がなくなって、快適ナリ。部屋で仕事できればオフィスいらないよね。事務作業は喫茶店で足りるし。
約10日ぶりの稽古。追加した戯曲の読み合わせしてから、もりもり演出。
兎に角、先に進む。進んでから、後で戻る。そういう方針。今回は田村さんが演出助手でついてくれているので、俺はまず前進して、後から田村さんに修正箇所を仰ぐという形。

「メーター検針員デゲデゲ日記」読了。

19日
丸善で本と雑誌いろいろ買う。「演劇少女☆カヨコ」読む。ドラマの薄さ故に主人公になるカヨコ。
月のアタマに発注された仕事原稿一本、ずるずると先延ばしにしていたが、一応昨日いっぱいが〆切だった。何か言ってくるかな、と思ったが言ってこない。これも信頼関係というやつか。違うか。普段、仕事原稿は、まず遅れないのだけど、何故かこれはノらないのだった。でも、やる。やれば終わる。トーゼンである。3時間で上げて、送信。夕方、みどりと通話。マンガのオススメなどを聞く。物件は手放すかどうか、今月決めるとのこと。

「消滅世界」読了。

20日
永井と事務連絡もろもろ。公演後のネット配信企画で、永井がシステムを組んでくれた。YouTubeライブに組み合わせて配信できる、ということなので、非公開で繋いでテストしてみる。大変良好。終わったら、YouTubeのチャンネルに自動で配信画像がアーカイブされていた。至れり尽くせりだ。凄いことである。
先月申し込んでいた、東京都の文化助成プログラム、企画OKの連絡きた。
朗読劇を録音して、それに町田メロメ氏のイラストを合わせて一本の動画にするというもの。タイトルは「消えて増えるイスメネ」。昨年描いて貰ったメロメ氏の漫画からイラストを切り出して背景にする旨は事前にOK貰っていたが、改めて連絡。快諾貰ったので、朗読してもらう田村さんと江花さんにも連絡。収録の日程を決める。シナリオを書いて、即送る。田村さんも江花さんも、いい話、泣ける、とほめてくれた。なんか、いつもの戯曲より評判いいぞ。皆勘違いしているが、俺は「フツーのいい話」だってフツーに書けるのだ。ただ、そのフォームの需要がないだけで。俺は俺にその形式は発注しないからね。ちなみに「消えて増えるイスメネ」のタイトルはメロメ氏発案のもの。こういうセンスが、俺には無い。

「パートタイム・デスライフ」読了。

21日
公演用のTシャツが完成して届いた旨、柴山から連絡あり。写真みたら素晴らしい出来。なんか、向こうでいいようにしてくれたようだ。あけたらしろめ氏のイラストが、これでもか、と全面にバンと刷ってあってカッコいい。
次回の稽古で持っていき、その際、協力してくれる俳優には宣伝用に着用写真の撮影をお願いする。夜、桑原から、完成したフライヤーデータ送られてくる。以前のものより、写真の加工を控えめにしたもの。すごく良い。「消えて増えるイスメネ」シナリオに沿ってイラストを配置した絵コンテを作って、田村・江花に共有。明日入稿の原稿だが、勢いで2倍の量になったので、連絡して2本分一気に入れることにする。ラッキー。

「ナオタの星」読了。

22日
原稿2本入稿。これで8月の仕事原稿は残り1本。やろっかなーどうしよっかなーと逡巡しつつ、退避行動でネット徘徊。文学賞関係のブログなど巡回していると、この20年くらいずっと文学賞に出しては一次選考落ちだという人のブログが出てくる。これが、かなり読ませる文章でハマる。ブログを書き始めた10年前は、落選した、でももっと頑張るぞ!って感じなんだが。その内、自分が一次選考落選はどう考えてもおかしい、出版社の陰謀ではないか、自分は小説の歴史を変えてしまったので出版社は結託して自分と作品を闇に葬ろうとしている、と陰謀論の世界に旅立ってしまう。そして贔屓の作家のサイン会などに現れ、原稿を送ったり同盟を結んだりしてしまう。相当ハラハラするが、書評や日々の雑記などはしごくマトモな文章で、精神の錯乱は感じない。読んでいるうちに、この人の言ってることが正しいのでは?と思う瞬間がある。俺はマインドコントロール楽勝である。いずれにせよ、世界があるのではない。世界の見方があるに過ぎない。自分以外のすべての人間が狂っているとき、それが本当だとしても、狂っているのは自分なのだ。

「モニター上の冒険」読了。

23日
打ち合わせで門前仲町のオフィスと、吉祥寺のオフィスを二元中継。
それなりにシリアスなテーマの会議だったのだが、エラい人のアカウントアイコンが「すみっこぐらし」なので全く緊張感がない。ブレヒトで調べたい内容があり、図書館で「《三文オペラ》を読む」借りてくる。必要箇所はすぐ見つかり、3行くらいの内容だったが、本自体が面白くて読み込んでしまうのだった。ブレヒトって、たぶん、ノリのいい人だったんだろうな。「マック・ザ・ナイフ」も自分で歌っちゃってるし。稽古前、早めに集まって公演Tシャツの販促用写真撮影。Tシャツ、実際に素晴らしい出来だった。白い長袖が好評。柴山が一丸レフカメラでバシャバシャ撮るが、途中でSDカードの容量がない!とパニック。どんだけ低容量なのか。稽古は、木村くんがいっぱい喋るシーン。しかしこの人はなんかアクが強くなったな。昨年もそうだったろうか。どうだっけ。でも自分の演技の質を自分でまず作ろうとするのはエラい。アーティストであると同時に、作家気質を感じる所。

「《三文オペラ》を読む」読了。

24日
ドイツの紀子さんから連絡。昨年やったリーディングパフォーマンス「天使病」をドイツのアトリエで再演したいから、リライトしてくれ、とのこと。すごい事サラっと発注してくるが、それがこのヒトなので仕方ない。劇団時代に受けた恩を考えれば、何を求められても答えてしかるべきなのだ。その場で通話し、とりあえず月末にリライトした台本を送ることに決めた。娘は、保育園らしく現れなかった。ちょっと物足りない俺がいる。

「木になった亜紗」読了。
今村夏子、もう手が付けられない。スゴい。

25日
今日は稽古場が新代田の音楽室。今回の稽古で、唯一かつ最も狭い稽古場。
この日ばかりは、ココしか空いてなかったので仕方なし。主に立ち位置を段取りを入れる。戯曲的には明里さんとこばやしさんの素性が判明する場面。丁寧に演出する。ふたりを丁寧に演出する反動で、同じシーンの伊澤さんをエライそんざいに扱ってしまう。次回以降の稽古で修正を約束。部屋に戻ると、複数回着信あり。一瞬、打ち合わせスケジュール飛ばしてしまったかと青ざめるが、イレギュラーでの連絡だった。仕事受けて明け方まで作業。原稿作成して送り、対応待ちの間に戯曲ちょっと書く。書き留めておきたい台詞があったからだが、その一言が書けたことで、シーンの最後までスルスルと進んだ。そこで満足してしまい、対応かえって来る前に寝落ち。

26日 
起きたら、原稿はOK出ていた。寝落ちでピンチだったが、結果オーライ。もともとイレギュラー対応だし、万一何かあっても俺の落ち度じゃないし、などとふてぶてしい気分になる。夕方から「消えて増えるイスメネ」上北沢の音楽室借りて収録。企画公募時の趣旨は、自粛期間の制限された環境で、あまり手をかけず作れるもの、質を問わないもの、ということだった。
なので、あまり質は問題にせず、iPad一台でサクっと収録しようと決めたのだが。借りた部屋が「音楽室」とは名ばかりの、ただのリノリウムの教室であった。音は反響するし、外のセミの声がまる聞こえである。まあ、しかし、しょうがないので録音。音だけの朗読劇、どう演出したものか、そして俳優もどう演じたものか、迷いながらも最後まで録音完成。夜、編集してイラストに合わせ、明け方までに一応、動画完成。関係各位に限定公開のURLを送っておく。

27日
起きたら、動画への反応来ていた。作りそのものに意見はないが、演技をやり直したい、と江花さんから提案。うーむ、そうか、と思って、再度録音するために今度は新代田の音楽室を抑える。音の遮断に関しては、上北沢よりマシであろう。ポスト覗いたら、封書が届いていて何かと思ったら、なんと川村毅さんからの手紙だった。新宿で「路上5」観たその日に、興奮して感想を便せん5枚にしたためて送っていたのだった。まさか返事貰えるとは思っておらず、感動する。手紙の内容も、私の意見に賛同してくれつつ、世代論を語ってくれていて為になるものだった。その中で、川村さんのカンパニーであるティー・ファクトリーで短編戯曲を募集し、演出家をつけて来年2月に吉祥寺シアターで上演する企画にエントリーしないか、と誘ってくれていた。テーマは「2020年の世界」。4月、オーディション用に書いた短い作品を送ろうと決める。

「世界で一番すばらしい俺」読了。

28日
オンラインでの会議が昼前に一本、昼過ぎに一本。しかし、ホントに仕事は楽になった。移動時間ゼロ。会議といっても、1時間で大体終わるし。ヨユーである。無駄な移動、無駄な雑談。きっとそこにも、大事なものはあった。何かは失われているのだろうが、生命力が失われるよりはマシだろう。午後に大木さんから連絡。平日休みでのんびりしてるので、通話しようとお誘い。仕事の会議終わらせてからダラダラ喋る。このコロナ禍の中、俺は睡眠時間爆増で痩せてしまったし、旦那の桑原も筋トレに勤しみスレンダーボディーを手に入れたという。ボディメイクする中年、ダサいという結論。男は放っておくと身体を鍛える。怯えるものがあるからであろう。

「破局」読了。

29日
昼から神田。さぼうるで嘉瀬さんとブレスト。集中して1時間で終わって解散。川村毅氏のカンパニー、ティーファクトリーの短編戯曲企画応募の書類送る。なんだか口から出まかせで、書かなくていいことをいっぱい書いた気がする。数年前、劇作家協会のリーディングに戯曲が採用された際に、プロフィールを書けと言われて書いて持っていったら全ボツを食らったことを思いだす。全ボツ喰らうのが当然の内容であった。どうして演劇をやってるのか?と真摯に自分に問いかけた結果、半生を綴った私小説もどきになってしまい「そーゆうことは聞いてないのヨ」と言われた。昨日送った原稿のリアクションないため、問い合わせようかと思うが、まあいいか、と思い放っておく。

「キネマキネマ」読了。

30日
朗読ドラマの音声取り直しで、昼から新代田の音楽室。実里さんと田村さん。備え付けのアンプからスピーカーを通して、録音したそばから聞いていく。正直、オーケーテイクの基準が謎だが、時間のケツがあるので、ちゃっちゃか撮る。音声は難しいな。演技と、録音の音質両方が問われる。あと、自分の声を録音して聞く、というのは、演者にとっては永久にリテイクを要求できてしまう環境で、迷宮入りの危険がある。妥協、というのは悪い意味ではなく。自分と自分を許せる世界の了解を計るために大事なことなのだろう。終わって、駅前で担々麺など食べ、稽古場のある自由が丘へ移動し、喫茶店で少しだけ戯曲進める。冷房ガンガンに効いており、しかもエアコンの水が落ちてきます、という予告付きの席。身体が芯まで冷え切ったところで時間となり、稽古場へ。いま書いたホンをすぐ渡して、読んで貰うのは愉悦。夜、原稿オーケーの返事。紀子さんのリーディング台本、かかれず。明日まで待って貰うようお願いする。

「死にたくないんですけど」読了。

31日 
昨日撮った音声を、パソコンにぶち込んでちょいちょいと化粧して聞いてみる。うーん。昨日、収録時に聞いたときには気にならなかったが、改めて聞くと相当、反響していてどうしたものか。そうか、収録した場所でスピーカーで聞いても、環境が同じなんだから、反響には気づかないよな。間抜けである。仕方ないので、アナログアンプに繋いで、そっちで調整して出力したものを再度マイクで拾ってみるかと画策。機材が今は揃わないので放っておく。DTMソフトでもいいのだが、イザというときはやっぱりアナログである。戯曲の構想を、一度ヒネり直して、メモにしておく。どうせプロットなど立てられないので、シナリオボード(と勝手に呼んでいる)として、入れたいシーンのスケッチ。随分稽古してる気がしたが、まだ7回だった。でも期間はそれなりに使ってるから、台本の進行状況としては普通だろう。
新宿武蔵野館で「音楽」観賞。夜、紀子さんのリーディング台本、書いて送る。書き始めたら30分ほどで仕上がった。でもかなりの消耗。アタマ痛くなって読書もせず、寝てしまう。


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