そもそも必要だから生えているはずなのに
友人は無駄毛処理の必要性を見出せずにいる
彼氏が無毛を求めるので、それならお前がそれと剃毛して貰っていた
そんな彼女の思考回路に私はいつも興奮する
いつの間にか色んな一般論や価値観が植え付けられ、誰も見てないはずのプライベートな時間でさえ、世間の常識に囚われている
彼女の無駄毛、密室の暗闇のなかで見ているのは彼だけなのに
なんでチクチクの肌と触れ合うと気持ちが落ち込んでしまうのか、清潔感がないと感じるのか、なんでツルツル肌が正解なのか、
脇の下、黒ごまのような埋もれ毛、所々無防備に生えている毛をみて、なぜ愛されてないのかと不安に思うのか、新鮮さを失ったと感じるのか
なぜつり革を持つ女子高生のポロシャツの袖口から黒いものが見えたとき、小さな悲鳴に似た声を出してしまいそうになるのだろう
なぜ、予期せぬ事態でベッドを共にすることになったとき、無駄毛の事で頭がいっぱいで頑なに脇を閉じたまま、なんとか乗り切ろうと闘ってしまうのだろう
なぜ、そんな頑なに脇を閉じたままの彼女の脇をこじ開け、黒ごま脇を見たとき、男は少しの優越感を得るのだろう、あるいは詰るような目をするのだろう、小さくため息をつくのだろう
みんながみんなそうじゃない
そんなことわかっているよ
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年齢を重ねるごとこだわっていたことのあれこれが消えていく。
やっと何かに解放されたように思うけれど、それも年齢を重ねるごとに容姿に拘らなくなったとか、また新たな類のカテゴリーに属しただけのこと
一般論に属する安心感と焦燥感のふしぎ
新たな設問が次々に現れる
それは永遠に続くように感じる
ずっと目に見えない不特定多数に監視され、採点されている
でも採点しているのは、知らないだれかじゃなくて自分自身であることに気付く
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無駄毛からいかに飛躍できるかの実験
最近は中学校から脱毛する時代だから、黒ごまのような脇と出会わずに人生を終える人もいるかもしれないね
その分、黒ごま脇に出会った時の衝撃度は大きくなるかもしれないね
さ、また新しい1週間、今日も働く