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形見

母から娘へ


「おふくろは、おまえがかわいくてしょうがないんだよ」

昔、兄が独り言のように言った。

友だちも同じように言う。

「あなたのお母さんは、あなたをちゃんと愛していたよね」

そう、私の周りには、昔から母の代弁者が何人もいたのだ。


誰に言われずとも、私が一番感じている。

思い出すと、今でも胸がいっぱいになる。

その母が亡くなるときに

小さな宝石箱にぎっしり入った指輪やネックレスをくれた

自分の姉妹にあげる形見の宝石を別の箱に分けた、その直後のこと。


「これは私が一番気に入っているものだから誰にもあげないで

全部おまえがして」


そう言われて、今日までずっと大切に持ってきた。


最高の贈り物



今は、大きな宝石箱に、一つ一つ丁寧に入れ替えてある。

一つ二つではなく

指輪で12個、ほかにブレスレット、ネックレス、ピアス……

義姉が一番褒めていた指輪は義姉の元に行った。

だが、15年もたたずに亡くなり、めいに渡り

めいが母親の形見として持っている。

娘から母へ

場所も取らないし、サイズは直せるし

生活に困窮したら、即お金に換えられるし

そして、何よりも

いつまでもきれいな宝石は最高の贈り物だと思う。


ガーネット


お高い加工代金



10年ぐらい前には、漠然と、息子たちのパートナーに託そうと思っていたが

Twitterなどを見ていると、若い子はブランド志向が強いみたい

それに、いくら石が良くても、デザインが古くては好まれない気がする

さりげなく渡せば受け取ってもらえるかもしれないけれども

本当に喜ばれるだろうか


母からもらった最初の指輪は

闘病中の母が自分の指から抜いて

「これ、あげる」と、ふいに渡され、その場で指にはめたもの

気に入って、毎日はめっぱなしで

炊事も洗濯も指にはめたままやって……

亡くなってからは、いっそう離さずにいて

お守りのようになって


5年ほどたったころ

とうとう角の18金が崩れて

細かいルビーを一列につないだ縁がぎざぎざになってしまった。


ルビーとダイヤ2


思い切ってつくり直してもらうのに5万円かかったが

安くない宝石の加工代金を知ることができた。


それからだ、もうお出かけのときしかはめなくなったのは。


誰に託せばいい?


さて、長男は交際していた人と別れてしまい

このコロナ禍にあって息子たちの結婚も一層遠のいた気がする。

私自身が人と会う機会もなくなり、宝石箱すら開けない年が続いていたが

指輪をはめようという気持ちすらなくなったのは年を取ったせいでもある。

いつもみずみずしく永遠に年を取らない宝石たちを見ていると

わくわくした心で身に付けていた日が、より遠くに思えてくる。


「誰に託せばいいんだろう」

ふと、先のことを考えている。


ルビーやダイヤで息子たちのネクタイピンをつくるのも何かピンと来ない。

男の人のネクタイピンって、真珠ぐらいしか見たことがないし

私のように息子しかいない人はどうしているのだろう

結局、いとことか、めいにもらってもらうのだろうか。

めいも独身だからか、指輪はほとんどしていないし……。


12本から1つを選ぶ


「誰にもあげないで、全部おまえがして」

人が離れていっても、生活がつつましくなっても

そんな母の言葉はいつも私を豊かにしてくれた。


「お母さん、それって、10本の指に12本の指輪をはめて、天国に持って来いってこと?」

時々思い出しては、母の真意を図りかねている。


ガーネット2


母の誕生石のガーネットの指輪は、母がいつもお出かけのときにしていた。

私もコロナ以前のお年始は、いつもこれをはめて出かけていたっけ。

そして、1つだけ選べと言われたら、この指輪にすごく愛着がある。

デザインは決して今風ではないし、私の誕生石でもないけれども……。


天国にしていくのは、やっぱりもったいない気がする。

もう少しゆっくり考えさせてもらおう。


                      2022.08.20

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だてまき
創作の芽に水をやり、光を注ぐ、花を咲かせ、実を育てるまでの日々は楽しいことばかりではありません。読者がたった1人であっても書き続ける強さを学びながら、たった一つの言葉に勇気づけられ、また前を向いて歩き出すのが私たち物書きびとです。