(連載小説)「患者の裏切り~岡部警部補~」第2話(全3話)
翌日の昼・桃田は外科部長室で仕事をしていた。これから大事なオペが控えている、とある大物芸能人の手術だ。長田の件だが、残念ながら手の施しようがなく死亡したということで、今警察が調査している最中らしい。
でも少しホッとしている面もあった。隠蔽のつもりで一人の男をこの世から葬り去ったからだ。これで自分と彼を繋ぐ線はどこにもない、そう思いながらパソコンで仕事をしていた。
すると、ノックをする音が聞こえて返事をすると
「失礼します」
一人の小柄でスーツ姿の女性が入ってきた。とても可愛らしいがとても謙虚そうな人物だなと思っていた。
「あの、どちら様ですか?」
すると女性が胸裏ポケットから警察手帳を取り出して、それを自分に見せてきた。
「警視庁捜査一課の岡部と申します」
自分は警察手帳をよく見る。最近老眼のせいか少し字が霞んで見えたためだ。
写真の下に書いてある「警部補」という字に少し動揺しながら
「警部補ですか」
すると岡部が笑顔で
「はい。そうです」
「あっ、どうぞ」
自分は岡部に、長椅子に椅子に座るよう勧める。そして前に自分も座った。少し緊張感が増してきた。何故刑事が自分のところに来たのか、もしかして長田の件か。でも一人で来るはずがないと思っていたから、少し考え始めて
「外科部長の桃田です。あの、要件は?」
「あっはい。実は昨日亡くなった長田さんのことについてです」
少し自分は冷静に
「あぁ、長田さんのことですね」
本当は動揺していた。心臓は聞いたことのないくらいバクバクしていた。これが殺人者特有の動揺というのか。すると岡部が続けて
「実は、長田さんの件、殺人事件と断定したので、今から捜査を行うよう予定で」
「殺人?!」
少し演技を入れて言った。これはちょっと早かったがどちらかと言えば予定通り。刑事が来て対決するのはもう最初から覚悟していたことだ。
すると岡部が
「えぇ。実はですね。長田さんの体内から猛毒薬が検出されたんです」
「猛毒薬が?!」
少し驚いた感じに言った。こんなことで負けてたまるかと思い、必死の演技に少しは褒めてほしいと思ったが、そんなこと簡単に言ってられない。そう思い、少し戸惑った感じになると、岡部が
「あの、少しお聞きしたいことがありまして」
「あぁ何なりと」
「猛毒薬を管理しているのは、どちらなんでしょうか」
「それはですね。管理室もそうですけど、医者個人が研究のためにストリキニーネを所有することはありますけど」
「もちろん先生も、所有できるってことですか?」
「え?」
何を言い出すんだこの刑事は、少し物騒な人物がやってきたなと思っていた。何か自分に疑いをかけてるのか?そう思うほど、今の質問はあまりにも単純で物騒過ぎた。
すると岡部が
「先生も、研究のためなら持てるってことですか?」
「えぇそうですけど。でもあんまり持ったことないですね。あれ猛毒なんでちょっとミスすると大変なんで」
「そうですよね。危ないですからね」
やっぱり話が見えてこない。この刑事は何を企んでいるんだと、少し疑心暗鬼になりそうだった。桃田が黙っていると、岡部がメモ手帳を取り出し、開き始めて
「確か、桃田先生が長田さんの担当医だったらしいですね」
「そうですよ。まぁ政治家と大物芸能人とかは、自分が担当しています」
岡部は笑顔で
「そうなんですか。それも長田さんは結構の大物政治家ですからね。何せ官房副長官って、凄い人が来るんだなと思いました」
本当はそんな人の手術を担当する予定だったと、自慢したいところだが金を受け取っているため、それは慎んだ。でも何か答えなきゃいけないと思い、自分は笑顔で
「結構今まで担当してきた中で、一番の大物かもしれません。官房長官が来たら別ですけど」
少しボケたつもりだったが、岡部がそれを無視して
「あの一つお聞きしたいことがありまして」
まぁこれは逆に無視してくれた方が傷つかずに済んだため、少し暗い顔をしながら
「なんですか?」
「あのこれは噂として聞いたのですが、どうやら官房副長官の長田さんと桃田先生が贈収賄に関わっていたとか」
誰がそんな噂をばらまいているのか、少し怒りが込み上げてきたが、少し自分を落ち着かせてから、笑顔になり
「誰がそんな噂流してるんですか?」
「では事実ではないってことですか?」
少し自分は語尾を強めて
「事実なわけないでしょ。それが犯罪なくらい、あなたも警察の人間だったら分かるはず、ばかばかしい話をしないでください」
少し強めに言ったのか、岡部は少し暗い顔をし始めた。少し悪いと思ったのか、少し優しめになり
「い、いや、噂などに惑わされない方が良いですよって言いたかっただけです」
必死に出た言葉だったが、無理あったかなと思い始めた。すると岡部は笑顔になって
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
「ならいいんですけど」
本当は傷ついていただろと少し思っていると、岡部の携帯が鳴りそれに出る。
「はい岡部です。はい、分かりました」
電話を切り、そのまま続けて
「すいません。捜査に進展があって、そろそろ失礼します」
「あっ分かりました。何かあったら教えてくださいね」
本当はそんなのお願いしたくなく、二度と会いたくない人物だったが、とにかくこの言葉を言わないと収まりがつかないと思って出た言葉だ。
岡部は笑顔で部屋から出ていく。時間を見ると、もうすぐ大物芸能人のオペの時間だった。
夜・長かった大物芸能人のオペが終わり、少し自分の部屋の長椅子で仮眠を取ろうとした。
するとドアをノックする音が聞こえて、こんな時間に誰だと思いながら返事をすると
「失礼します」
声に聞き覚えがあった。それは絶対に会いたくない人物の声だった。ドアが開き顔を出したのは、やはり岡部だった。
すぐに起き上がる。少し眠たそうな顔をしながら
「どうかされたんですか?岡部さん」
岡部は少し動揺した顔になり
「あっ、お休み中でしたか?」
「いや、大丈夫です」
自分は少し眠りを邪魔された気持ちで、本当は怒りで溢れていたが、こんなところでキレていたらラチが明かない。
岡部は笑顔になりながら
「あっ良かったです」
早く用事を済ませて帰ってほしいと思いながら
「で、ご用件は?」
「実は、あの古山幸次郎の手術なさったとか」
古山幸次郎は日本で代表的な俳優の一人だ。映画の主演数でも100本以上ある大物芸能人だ。先ほどオペをしたのもこの人物だ。
あまりにも笑顔で言った岡部に、どんな興味を持っているんだと思いながら
「えぇ、古山さん直々のオペの依頼がありましてね」
「どこか悪かったんですか?」
「えぇ、重度の肺炎で少し移植手術が必要だったんです」
少し岡部は驚きながら
「一昨日古山さんの映画見に行きましたけど、全然分からなかったなぁ」
「何せ緊急だったですからね」
確かに古山は今まで病気のことは隠しており、今回の手術も極秘で行ってほしいと申し出があったが、実はもうマスコミが嗅ぎ付けおり、ワイドショーなどで話題になるほどになっている。これをどうやって古山に説得するか少し悩みの種であったが、そんなことはどうでもいい、とりあえず早く帰ってくれと思っていると、岡部が少し話を変えて
「あの一つお聞きしたいのですが、宮田さんという看護師の方ご存知ですか?」
「えぇ、知っていますが」
突然何を聞くんだと思いながら返事をすると、岡部は冷静に
「宮田さんから伺ったのですが、昨日は桃田先生は当直でずっとこの部屋にいたとか」
「えぇ、そうですけど」
「それで、どうやら桃田先生が研究室に忘れ物をして、宮田さんに取りに行ってもらったと伺ったのですが」
何の話かと思いきやただのアリバイ確認かぁと思いながら
「そうですよ。確か大事な論文の資料を忘れてしまって。あの時は慌てましたよ」
少し微笑みながら言う自分。それもそうだ、全くこの刑事が何を自分に聞きたいのか全く分からなかった。そのため、ただ単に微笑むしかなかったのだ。
すると冷静に岡部が
「そうだったんですね。その時に先生はずっとこの部屋にいたんですよね?」
「そうですけど、何か?」
「ちょっといいですか?」
「え?」
反論する暇もなく、岡部にとある場所に連れていかれた。なんか見覚えがある場所だなと思ったら、それは長田の病室だった。自分は何故連れてこられたか全く理解できなかった。ある意味自分に対する嫌がらせか?と少し苦い顔をしたが、岡部は続けて
「実は先ほど、警察官に頼んで実験してもらいました。そしたら先生の部屋からここまで走っても10分はかかりました」
少し自分は動揺した顔をして
「そ、それがどうかしたんですか?」
「いえ、ちょっと気になることがあったので」
「気になること?」
こいつ、完全に俺を疑っているな。頭の中の火山が噴火する直前だったが、なんとか堪えて話を聞こうと思っていると、岡部が続けて
「実は、宮田さんが桃田先生から頼まれて書類を取りに行き、先生に渡すまで6分の時間が掛っています。到底犯行は不可能ですね」
「何が言いたいんですか?まさか自分を疑ってるんですか?」
少し強めに言った。最終的にはまるで自分は事件に関係ないという言い方だが、それを言うということは、完全に自分を疑っているのに間違いない。すると岡部が
「心配しないでください。今は疑っていませんので」
「今ってどういうことですか!」
すると岡部がその場を後にした。自分だけその場に取り残されて、少し疑惑の気持ちが残りながら、自室に戻ることにした。
~第2話終わり~