【Netflix】「ワイアット・アープ&カウボーイ・ウォー」全米絶賛の「西部劇の真実」
【概要】
ワイアット・アープ&カウボーイ・ウォー
2024 | 年齢制限:16+ | 1シーズン | ドキュメンタリー
西部開拓時代を象徴するあの決闘を取り上げ、今も語り継がれるワイアット・アープとアイク・クラントンの対立を描く。ドラマを交えて当時の様子を鮮明に再現する、リアルなドキュメンタリー。
出演:エド・ハリス、ティム・フェリンガム、エドワード・フランクリン
(Netflix公式サイトより)
予告編(英語)
【評価】
8月21日に公開されたNetflixオリジナルドキュメンタリー。40分前後×6回。俳優のエド・ハリスがナレーターを務めている。
新鮮な視点で描かれたドキュメンタリーとして「ワシントン・ポスト」等で絶賛され、アメリカのNetflix「映画以外」部門では、わたしもレビューした「レイシー・ピーターソン殺人事件」と視聴率のトップを争っている。
「OK牧場の決闘」は、アメリカ史を画する大きな意味を持っていた。その背景や政治的帰結を、再現ドラマと研究者たちの話で、緻密に描いていく。
ドキュメンタリーとしては少々のんびりしたペースだが、再現ドラマも見事で、じっくり楽しめる。わたしの採点は100点満点で78点。
日本ではガッツ石松で知られる「OK牧場の決闘」だが・・
と書き始めて、さっそく不安になる。
いまの人は「OK牧場」を知っているのか? ガッツ石松のギャグを知っているか?
そういう私だって、リアルタイムで西部劇の「OK牧場の決闘」を見た世代ではない。
アメリカでも、
「OK牧場の話は、団塊世代(Boomer)の親父から聞いたと思うが・・」
といった書き出しの記事があったから、もう若い世代では知らない人が多いのだろう。
わたしだって、ぼんやり知ってるだけで、詳しくは知らなかった。
<OK牧場の決闘のざっくりした話>
決闘が起こったのは、1881年(明治14年)10月26日。
メキシコ国境に近いアリゾナ州の「トゥームストーン」で、保安官を務めるワイアットを含めたアープ兄弟と、街を牛耳るアイク・クライトン率いる無法者集団「カウボーイズ」が、オールド・キンダスリー牧場、通称「OK牧場」で決闘する。
アイク・クライトンは、「ヤクザの親分」的な人気があり、政治力もあった。アープ兄弟と「カウボーイズ」は、街の治安をめぐって、以前から何かと対立していたのだ。
アープ兄弟側には、ワイアットの親友のガンマン「ドク・ホリデイ」も加わった。
OK牧場ではワイアット・アープ側が勝利するが、決闘中に弟を殺されたアイク・クライトン側は、アープらが権力を濫用したと主張。アープらに復讐を誓い、ワイアットの弟を暗殺した。
弟を殺され、今度はワイアット・アープとドク・ホリデイが、アイクへの復讐を誓う。もはや法律では問題は解決しないと悟ったのだ。
お互い身を隠しながら敵を倒していく全面抗争となった。このOK牧場後の争いを「カウボーイ・ウォー」と言う。
無法者に立ち向かうワイアット・アープに支持者は多かったが、法の執行官なのに、私怨でアイクらを追うアープには批判も多かった。
この「戦争」は、またたく間に全米の話題となった。「どちらが正義か」と議論が沸騰し、ついに大統領の介入を招くことになるーー
日本人の場合、「OK牧場の決闘」の認知は、世代によって違うと思う。
こんな感じではないか。
1910〜30年代生まれ
ジョン・フォード監督「荒野の血斗(いとしのクレメンタイン)」(1946、ヘンリー・フォンダ主演)を通じて知った世代。黒澤明(1910年生まれ)がこの世代で、影響を受けて「七人の侍」を発想する
1940〜50年代生まれ
OK牧場ものの決定版、ジョン・スタージェス監督「OK牧場の決闘」(1957、バート・ランカスター主演)を見て影響を受けた世代。ガッツ石松(1949年生まれ)がこの世代
1960〜70年代生まれ
ガッツ石松が「OK」を「OK牧場」と言うギャグに笑った世代。わたしはこの世代に入る
1980年代以降生まれ
もしかしてローレンス・カスダン監督「ワイアット・アープ」(1994、ケビン・コスナー主演)を見て知った世代
「OK牧場の決闘」は、アメリカ映画史に欠かせない題材であったと同時に、黒澤明などに決定的な影響を与えたものとして、日本映画史上も重要である。
「OK牧場」と映画のかかわりは、それだけではない。
実はワイアット・アープは、晩年、西部劇(むこうの時代劇)の時代考証役として、ハリウッドに雇われていたのだ。それもこのドキュメンタリーで触れられている。
その関係で、ジョン・フォードもワイアット・アープに直接会って話を聞いている。
彼は1929年(昭和4年)、80歳で死ぬ。その時点では、ワイアット・アープは、悪人か善人か、議論の分かれる男だった。彼は、自分が将来どのように描かれるか、知らずに死んだ。
ご承知のとおり、それ以降の西部劇では、ワイアット・アープは英雄として描かれることになる。
このドキュメンタリーが強調しているのは、南北戦争(1861〜1865)との関係だ。
アープ兄弟は北軍、アイク・クライトンの家族は南軍に参加していた。
北軍(共和党)に敗北した南軍(民主党)側は、北軍に支配されるのが嫌で、開拓時代の西部に逃げていた。アイクの一味は南軍の末裔だったのである。
だから「OK牧場の決闘」は、16年前に終わったはずの南北戦争の再燃でもあった。アイク側は、ワイアット・アープを「人民の自由を奪う北軍」のシンボルとして非難した。だから政治的にやっかいだったのだ。
カウボーイ・ウォーと、それによって南北対立が再燃したことにより、アリゾナ州の治安は悪化した。当地での犯罪死亡率は、ヴェトナム戦争中の歩兵の死亡率と同じだったと番組で説明される。
最初は、国家権力(連邦政府)が弱い時代の、地元警察VS地元ヤクザ、みたいなローカルな抗争だったのだが、騒ぎが大きくなったことで、アメリカを再び分裂させる恐れがあった。
事態の収拾をはかるため、J・P・モルガンら資本家は、NY州知事だったグロバー・クリーブランドを、南部の「民主党」から大統領選に出馬させて当選させる(1885年)。南北融和をはかるためである。
その結果、西部にも鉄道が通り、ようやく平和が訪れる。南北の対立はなくなり、アメリカ人は、国内のどこでも基本的に安全に暮らせるようになった。
OK牧場とカウボーイ・ウォーは、いわばアメリカの「戦国時代」の終わりを象徴していた。
今度のアメリカ大統領選で「分断」が言われるが、もともとそういう分裂した国だったことは、思い出されていい。
でも、そもそもの発端であった、ワイアット・アープと、アイク・クライトンの対決は、どう決着がついたのか?
それについては、見てのお楽しみとしておこう。
OK牧場の話を魅力的にしているのは、生真面目で寡黙なワイアット・アープと対照的な、酒飲みでニヒルな「ドク・ホリデイ」の存在だ。
彼は本物の「ドク」、つまり医者で、結核にかかったために歯医者を廃業し、空気が乾燥している西部に療養に来ていた。
ウィスキーを常飲していたのも、結核から起こる咳にいいとされていたからだったが、死期が近いことは悟っていた。
映画「荒野の決斗」では、ドク・ホリデイはOK牧場の闘いで死ぬことになっている。だが実際は、決闘では生き延びている。
その後も続くワイアット・アープとドク・ホリデイの友情の描写が、このドキュメンタリーの魅力にもなっている。
ドク・ホリデイというと、日本の平手造酒(ひらて・みき)を連想する。
実際、講談で有名な天保時代の「平手造酒と利根の決闘」の話と、OK牧場の決闘の話は、時代も近く、わたしの頭の中でこんがらがる。
平手造酒も実在の人物で、剣術の極意をきわめながら、酒乱のため道を踏み外し、最後はヤクザの用心棒として壮絶な死を遂げる。
日本の時代劇でも、平手造酒はドク・ホリデイのように描かれるし、平手造酒だかドク・ホリデイだかわからないような、結核を病んだ凄腕の剣客は、座頭市なんかにも登場していた。
平手造酒の話(天保水滸伝)も、戦前からよく映画化された。「OK牧場の決闘」がアメリカから入ってきて、映画上で話が混ざっているのではなかろうか。その干渉関係について、誰か研究しているだろうか。
OK牧場の決闘も、平手造酒の利根の決闘も、「野蛮な時代の最後の記憶」として、のちの人びとに人気があったのだろう。
どちらの話も、両国民から忘れられつつあるのは、寂しい気がする。
<参考>