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怒鳴る監督、怒鳴らない監督
まあ、最近はパワハラがうるさいから、怒鳴らない監督がエライ、ハリウッドでもエライ監督は怒鳴らないよ、と出羽守が言うわけだ。
「僕はアメリカで15年間活動していますが、撮影現場で怒鳴る監督をひとりも見たことはありません。監督が怒ると俳優は萎縮し、実力が出せないことを監督は分かっているからです。実際、『硫黄島からの手紙』の現場でクリント(イーストウッド)さんは絶対に声を荒らげませんでしたよ。」
「怒鳴る監督を見たことがない」ハリウッドで活躍する日本人俳優が現地の「常識」を語る(現代ビジネス)
それはそれで結構なことだが、こんな記事を見た後は、怒鳴るエライ監督のドキュメンタリーも見てほしい。
たとえばNetflixで見られる「あくなき挑戦 ジョニー・トーが見た映画の世界」とか。
冒頭から、
「もっとましな奴を連れてこい!」
「仕事する気がないなら帰れ!」
と怒鳴るトー監督が見られます。
トー監督は語る。
「確かに私は怒る。仕方なく怒鳴ることもある。イライラするんだ。プロとして自分の仕事に真剣に向き合ってほしい。姿勢を正して撮影に臨むべきだ。私と仕事した人は理解しているはず。なぜそこで私が怒り、声を荒げるのか。問題があるからだ」
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香港で低予算映画を作り続けてきたジョニー・トーの環境は、ハリウッドのクリント・イーストウッドとは違う。
そして、ほとんどの映画製作の環境は、ジョニー・トー監督の方に近いだろう。
*
「パワハラ」関連の話題や、こういう記事を見ると、私は「オルフェウス室内合奏団」を思い出す。
アメリカのオルフェウス室内合奏団は、指揮者のいない合奏団として、1970年代から80年代に脚光を浴びた。
「オルフェウスは、指揮者がいないから、演奏が素晴らしい。みんなが平等。これが民主主義の素晴らしさだ!」
と褒める人がいたのである。(『オルフェウス・エフェクト』という本まで出て褒められた)
オルフェウスは、いいレコードを何枚か出したが、そのうちあまり聞かなくなった。
彼らがいい演奏をしたとしても、それは必ずしも「民主主義のおかげ」ではあるまい、と当時、思ったものだ。
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ジョニー・トーは、1990年代後半から2000年代にかけて、集中的に傑作をたくさん生み出した。「ヒーロー・ネバー・ダイ」「過ぎゆく時の中で」「ミッション 非情の掟」「暗戦」「PTU」「マッスル・モンク」「ブレイキング・ニュース」「エレクション」「MAD探偵」「スリ」「エグザイル 絆」「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」・・・
このドキュメンタリーが撮られた2010年代から、トー監督は中国本土に進出し、以前の多作ぶりが見られなくなった。
まだ60歳代で、老け込む年ではない。事情はわからないが、香港や中国の政治的事情にくわえ、映画撮影をめぐる環境変化が影響しているかもしれない。
ちなみに私は、怒鳴らない監督のクリント・イーストウッドのDVDは1枚も持っていないが、怒鳴る監督ジョニー・トーのDVDはほとんど持っている。