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健康と「学歴」の不都合な真実

医療費を多く使っているのは誰?


政府は、後期高齢者(75歳以上)の医療費負担引き上げを検討している、という記事がきのう出ていた。

膨張するいっぽうの医療費に対応するためだ。


政府は少子化対策の財源確保に向け、75歳以上の後期高齢者の医療費の窓口負担引き上げを社会保障の改革工程の原案に盛り込む。後期高齢者のうち一定の所得がある30%弱をのぞいて原則1割負担だが、2割への引き上げを検討する。給付や費用などの歳出も効率化し、膨張する医療費を抑え、制度の持続性を高める。(日本経済新聞 12月2日)


これについては、2割ではまだ足りない、3割まで引き上げろ、という意見をSNSでけっこう見た。

高齢者の医療費が、現役世代の大きな負担になっている、と思われているからだ。


若者が子供を持つのに後ろ向き過ぎるのは「今の政府は高齢者を生かすためなら現役世代が生きるのに最低限の金も残さず根こそぎ社会保険料として奪い取るだろう」という負の信用のせいではないかと思います。どれだけ奪われるかわからなければ怖くてお金など使えない。


しかし、社会保険制度のなかで、医療費を多く使っている人は、どういう人たちなのか。

誰が多く病気をし、誰がこの制度の恩恵を最も受けているのか。

それが気にならないだろうか。


「自業自得」の病者


それで思い出すのは、むかし、元フジテレビアナウンサーが、以下のようなことをSNSに書いて炎上したことだ。


<人工透析患者の大多数は暴飲暴食をし、運動もせず、医師の注意も無視して糖尿病になり、その結果人工透析を受けるようになった人たち。1人あたりの透析費用は年間500万円にもなる。そのような自業自得の患者の人工透析費用は全額(本人の)実費負担にせよ!>


同じようなことは、高齢者にも、あるいは保険制度が対象とする社会全体でも、言えるのではないか。

もちろん、この元アナウンサーが非難されたように、その論理には「穴」がある。

病気のすべてが自業自得ではない。1型糖尿病は生活習慣と関係ないこと、また2型糖尿病を含めて遺伝的要素が大きいこと、などだ。

しかし、「自業自得」の人もたしかにいるーーと思った人も多いと思う。


同じように、社会保険制度でも、「自業自得」の人の医療費まで、社会全体で支える必要があるのだろうか、と。

これはある意味で、生活保護制度など、広い意味での社会保険のさまざまな部分に拡張しうる論理だ。

だが、その論理は正しいのだろうか。


健康と「学歴」「収入」の関係


人の健康は、社会的属性と密接な関係があり、「学歴」「収入」が高いほど、人は健康だ。

データはたくさんそろっているが、マスコミはこうした話をタブーにする。


その典型例が、私が住んでいる川崎市麻生区が、全国約2000市区町村のなかで「平均寿命1位」になったという今年のニュースだ。

たとえば朝日新聞は、以下のように報じた


厚生労働省が発表した2020年の平均寿命で、川崎市麻生区が全国の市区町村で、男女とも最も長寿だった。
 多摩丘陵の里山が連なる坂道の多い街で、住民は「足腰が鍛えられて健康な人が多いのかも」と推測する。
(朝日新聞2023年5月16日)


長寿の理由を、「坂が多いから」とか「高齢者が住みやすい地域づくり、つながりづくりを進めてきた」とかでごまかし、学歴や年収といったファクターへの言及を避けている。

実際には、麻生区の住人が、近隣との比較で学歴が高く、(私以外は)収入が多いのが重要であることは、記者もわかっているだろう。


健康と学歴との関係については、たくさんのデータがある。

たとえば、佐藤一磨・拓殖大准教授の論文、「学歴が健康に与える影響」(2017)が、政府機関である人口問題研究所のHPに載っている。

https://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/sh17020219.pdf


それによればーー


・大卒者ほど主観的健康度が良好であり,肥満,飲酒,喫煙割合も低く,スポーツを行う割合が高い

・年齢別の分析の結果,主に50歳以上の高齢層において大卒による健康促進効果が観察されることがわかった。50歳以上の高齢層の方が主観的健康度の良い割合が高く,肥満,喫煙割合が低くなっていた。これに対して49歳以下の若中年層では大卒による健康促進効果はやや限定的だと言える

・健康指標の定義を変更した分析や生活習慣を考慮した分析,また,世代による違いを考慮した分析を行ったが,学歴が健康に及ぼす正の効果を確認できた。これら以外でも男女別の分析を行ったが,学歴の正の効果は主に男性で見られる

(佐藤の上掲論文 2017)


つまり、学歴が高いほど健康的で、その格差はとくに50歳以上、男性に見られる、ということだ。


学歴と健康の正の効果を示す研究はほかにもたくさんある。

たとえば、喫煙率は、学歴ときれいに反比例する。学歴が高いほど、喫煙率が低い。そして、ここでは、その差は女性のほうが大きい。

中村正和(厚生科学審議会専門委員)の「日本における喫煙の学歴格差」(2015)から数字を挙げるなら、日本人25~34歳(2010)の学歴別喫煙率はーー
 

      男  女
中学卒   68.4 49.3
高校卒   55.9 23.9
専門学校卒 49.5 17.5
短大卒   46.8 10.3
大学卒   36.5   6.6
大学院卒  19.4   4.8

平均    47.9 16.9

https://www.pbhealth.med.tohoku.ac.jp/japan21/pdf/o-27-13.pdf


そして、学歴が高いほど、一般に収入が高い。つまり、健康の度合いは、学歴と収入と正の関係があるのは、ふつうに予想できるし、実際にそのとおりなのである。

最終的に、学歴が高いほど、健康寿命が長い。その傾向は、世界的に広がっていると思われる。


「国内総生産(GDP)は好調かもしれないが、人々、特に教育水準の低い人々はどんどん死んでいる。拡大し続ける豊かさの大部分は、高学歴のエリート層にもたらされている。それはごく普通の労働者には行き渡らない」(中略)
こうした社会的・経済的格差がもたらす悪影響については、数多くの証拠がある。現在、致命的な危険性を示唆するデータが蓄積されつつある。
(「非大卒者は短命 学歴による平均寿命の格差が米国で拡大」フォーブス2023年10月31日)


健康管理が自己責任だとすれば、学歴の低い人は必要な健康管理をおこたり、それで高齢になって医療費負担を増大させる、困った存在だと思われるかもしれない。

いまの社会保険制度は現役世代に不利で、「現役世代から高齢者への仕送り」だと批判されるが、それにくわえて医療費では「高学歴・高収入の健康者から、低学歴・定収入の不健康者への仕送り」があるかもしれない。


だが、なぜ低学歴・低収入の人は不健康になる傾向があるのだろう。

そもそも、学歴や収入の高低は、「自己責任」なのだろうか。


高学歴で、高収入で、健康な者は、それが自分の努力の正当な成果だと考えがちかもしれない。

しかし、そう単純な話ではない。


実際には、収入が高い世帯ほど子供の学歴が高い。

つまり、豊かな家庭に生まれるかどうかの「ガチャ」が、その人の学歴・収入・健康・寿命などを決めていく。決して「自己責任」という話では済まされない。

しかも、その条件は、世代を超えて「遺伝」していく傾向がある。

どうすべきなのか


高齢者の窓口負担について、収入に余裕がある人は応分の負担をすべきだ、ということに反対する人はあまりいないだろう。

現在も、年収200万円以上の後期高齢者は2割負担だ。

しかし、高収入で人生を送ってきた老人は、高齢になっても健康である確率が高く、そもそも医療にあまりかからないかもしれない。

彼らは自費でスポーツクラブにかよい、各種の医学検査を受けて病気を予防でき、オーガニックな食事ができる。


いっぽう、負担を現在の1割から2割へ、あるいは3割へと一律に上げていくと、困るのは明らかに低収入で人生を生きてきた人たちだ。

彼らは病気がちだから医療にかかる機会が多い。それを「自業自得」と言えるだろうか。

彼らは、たくわえが少ないので、負担の引き上げが家計を直撃する。

すると、どうなるか。以下の医師が警告するとおり、低学歴・低収入の老人たちは、病気でも病院に行かなくなり、さらに病気を重くして死を早めるかもしれない。


医療費の窓口負担を引き上げることは、受診の抑制につながる。実際、現在の負担割合でも、受診をためらっている高齢者がすでにいる。必要な受診も控え、命に関わる恐れがあるということだ。さらに、低所得者層に病気がちの人や受診が多いことがわかっている。そのことを考えると、引き上げは、所得が低いほど窓口負担が多くなることを意味する。このように、窓口負担の引き上げが低所得層の受診抑制につながり、いのちの格差も窓口格差も助長する恐れは高い。(近藤克則・千葉大学予防医学センター教授)
(川本茉莉『NIRAワーキングペーパーno2 後期高齢者医療をめぐる熟慮・熟議型調査』NIRA総合研究所機構)
https://nira.or.jp/paper/workingpaper02.pdf


健康であることは、社会のためというより、自分のためなのだから、どのような経済環境だろうと、それに留意することは自己利益がある。

しかし、出生や環境が不利な人ほど、学歴を得にくく、健康に悪い仕事を長く続けざるを得ず、しかも収入が少なく、老齢になっても健康を損ないがちで、寿命も短いとすればーーそういう人たちを社会全体で支えて助けるのは当然とも思える。

そして、彼らが高齢になって、医療費をたくさん使うとしても、早くに亡くなるから年金はあまりもらわないーーそれで「収支」がバランスしているとすれば・・そうだとしても悲しい話だ。


もちろん、社会保障は一切必要ない、とか、公平性を考え出すとキリがない、などの考えの人もいるだろう。

現役世代のことを優先して考えるべきだ、というのも正しいと思う。

「高齢者を生かしておくための負担」が現役世代にのしかかっているのが少子化の一因だ、という意見を最初に紹介した。


しかし、十分に豊かな家庭でなければ、生まれた子供の人生が気の毒なものになるかもしれないーーという予感もあり、それも少子化の一因ではないか。

いまの現役世代が老人になったときのこと、また、現役世代の子供が老人になったときのことは、考えなくていいのだろうか。

私自身も貧しい家庭に生まれた。決して親を恨むわけではないが、60過ぎまで生きてきて、「初期条件」の不公平が解消されるのは難しいのを実感している。

その不公平は、後期高齢者になっても、死ぬまでつきまとうものなのだ。


この問題、私も正解はわからない。

わからないが、政府や財務省、厚労省は、いま私が挙げたようなデータも含めて包括的に調査・分析しているはずだ。

しかし、さまざまなタブーから、そのデータや分析のすべてがマスコミに出ていないのではないかと思う。

少子化対策などについても同様だ。

こうした問題は、タブーをなくして、社会全体で多方面から考えないと、「正解」に行きつかないと私は思う。



<参考>


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