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【旅行記】松山旅行 3日目 ② 松山城

$${\small{前回の話}}$$


松山ロープウェー商店街

萬翠荘から大通りへ。1ブロック進んで曲がると松山ロープウェー商店街に入る。緩やかな勾配の広い通りで、名前の通りロープウェイに続く。ロープウェイの先には、松山城が待っている。立地的に、萬翠荘と松山城はほとんどご近所と言って良い。

松山ロープウェー商店街には、お土産屋や飲食店が立ち並んでいるものの、道後商店街のようにひしめいているわけではなく、お店同士の間隔は長かったりもして、「商店街」という言葉から想像するよりもずっと開放的な通りだった。
周囲の外国人観光客のように、僕たちはきょろきょろと目を泳がせながら歩く。「やっぱりお腹が空いたよね」と僕か妻かどちらかが呟き、もう一方が同意する。朝食は牛乳とコーヒー牛乳だけで、観光地を1つ回ったのだから当然といえば当然だった。

お昼は行きたい場所があったので、軽く食べ歩きできるようなお店はないかと歩いていると、鯛の缶詰や鯛めしのレトルトを売っているお店を見つけた。フードもあるらしく、お土産の下見も兼ねて覗いてみる。
レジの奥にフードメニューがあった。鯛めしおにぎり、じゃこ天コロッケ……こりゃいただこうということになった。修学旅行だったり、家族旅行を思わせる気さくな軽食だった。こういう食事は大抵美味しい。量もちょうど良くて、大変満足。
お土産を買うか悩み、ものだけ決めて松山城から帰るときに買うことにした。

鯛のおにぎりとじゃこ天コロッケ。ソースがとても美味しかった
お店で売っていた缶詰の詰め合わせ

ロープウェイで、いざ

松山城行きのロープウェイ乗り場に到着。思ったより古い感じのしない建物で、中も綺麗だった。チケット売り場でケーブルカーかリフトか選べて、僕たちはリフトを選び、天守観覧チケット付きのものを買う。商店街には思ったより人がいなかったけれど、乗り場にはそこそこ列ができていて、7分か8分くらいで乗り場まで着く。
前の中国人観光客がスタッフに「後ろの子供のチケットはありますか?」と訊かれているのを見て、思わずポケットを漁った。僕は買ってすぐにチケットを失くしたことのある人間だから、こういう時に浮かれてはいけない。「あの子はうちの子じゃないですよ」質問されてた男はそう返す。大人たちの視線を感じたのか、それまで柵に乗り出して遊んでいた子供はさっとその場を離れていった。

高いところが好きな僕たちにとって、リフトは素敵なアクティビティみたいなものだった。揺られ運ばれながら、写真を撮ったり後ろを振り返ったりする。周りを見ると、みんな同じようなことをしているからおかしいのも良い。時折覚束ない手でカメラを向けようとしている人がすれ違うと、自分のことのようにハラハラした。
ファイヤーキングみたいな色の電波塔が見えてきたら、ロープウェイも終盤戦だ。青いケーブルカーがすっぽりと靴の片方みたいに収まっているのが見えて、思いがけず和んだ。

ケーブルカー。懐かしさがあって可愛い
ロープウェイでは、たびたびこういった「ことば」の横断幕が張ってある

松山城の本丸

観光地らしい賑わいにちょっと怯みながら、人の流れていく方へと歩いていく。こういう時、どういう心持ちでいようかつい考えてしまう。僕は日本城にはあまり詳しくない。それで、真剣に城や門の説明を読んでみても、そぞろ歩いているうちに内容はすっぽ抜けてしまう。
気づくと右手に石垣が立ちはだかっている。整然としていて「威風堂々」という言葉を当てがいたくなる。途中、ぜえぜえ言いながら降りてくる人たちとすれ違い、松山総合公園の杖突のおじいちゃんや、湯築城跡のたくましいお婆ちゃんを思い出した。

松山城に向けて歩く。日差しが強くて、結構暑かった
妻が「いいね!これ!」と言っていた石垣

本丸広場に着くと、少し休むことにした。ベンチに腰かけて、水を飲む。観光ルートはすべて白い砂で整地されていたが、この広場は日影が少なくてやや眩しいくらいだ。
女性の𠮟りつけるような声が、木霊している。パステルカラーのダウンジャケットを着た老夫婦が、眺望に感激しながら歩いている。その横で、松山城のゆるキャラ『よしあきくん』と写真を撮っている親子がいる。
ひとつ深く深呼吸してみる。
広場は晴れ晴れとしていて、時折吹いてくる風が気持ち良かった。

立派な松の木
松山城

松山城の中へ

リフトのチケットについていた天守観覧チケットを見せて、いよいよ松山城の城郭へ。まだしばらく屋外で、急勾配とはいかないものの、大きな石段が現れたりする。入り口で見たようなヘロヘロな人たちとすれ違い、何だか返り討ちにあったみたいな様子だった。
僕もいよいよ疲れてきて「どういう心持でいればいいのか」などとナイーブになる隙もなくなり、とにかく歩くことに専念し始める。道はほとんどならされているけれど、城としての機能はしっかりと残っていて、現代人を感心させたりくたびれさせたり、まだまだ現役である。

いよいよ城内。入り口を入ると下駄箱が壁一面に並んでいて、外履きを脱いでスリッパに履き替える。それで、びっくりしたのが最初の階段。手を使って上る人がいるくらい、急なのだった。みんな苦戦していて、入城早々行列ができていた。道後温泉で、階段が急なのは侵入してきた敵にやすやすと太刀を振らせないためなのだ、と教わったことを思い出す。

お気に入りの展示物。奥ゆかしい色にどことなく土地柄を感じる

松山城内には、松山藩についての展示物が並んでいる。太刀や火縄銃を持つコーナーがあって、僕たちは武器を知らない農民のように、恐る恐るそれらを持ったり構えたりする。小さい穴(狭間。銃眼)から外を見張り、戦中はここから城に向かってくる敵を撃つのだろう。穴の向こうを見ると、観光客が2人いてのんびり歩いていて、こちらには気づいていないようだった。
「昔だったら、あの2人は倒されちゃうだろうなあ」
そう考えて、つい笑ってしまう。さっき、僕たちもあそこをぶらぶらと歩いていたから、僕たちの姿をここから見た人はきっと、同じようなことを考えたんじゃないだろうか。

松山城城郭の狭間。狭間はそこかしこにあって覗くのも楽しい。

進んでいくと、モニターがぽつんと置かれている部屋に着く。流れているのは城攻めをシミュレーションした映像だった。1人称視点で、主人公は城を落とす雑兵の役だったか。結局やられて、仮想空間に引き戻される。
映像もモニターだけしかない殺風景な広い部屋の雰囲気も何ともシュールだが、思いのほか悪い感じはしない。
僕たちがモニターの前を通り過ぎた時、その映像の続きを男の子が突っ立ったまま見ていた。彼は、僕たちが来た時からそんな感じだった。彼の母親が階段の付近で「もう行くよー」と頻りに促すが「分かったー」と言いつつも、動かない。
僕たちが階段に差し掛かった時、映像を見終えたのだろう男の子が弾かれたように走り出した。パタパタとスリッパの音が弾け、笑い声のように僕たちの横を過ぎていく。そして、彼は階段を上ると「天守閣だ」と晴れやかに言うのだった。

天守閣の喜びや

天守閣の四方から愛媛の景観が広がっていた。あっちは山で、あっちは海で、あっちは道後で――といった具合に、みんな各々順繰りと回っている。前日、展望ばかり見てきたからか内心そこまで驚きはしなかったものの、天守閣のどことなく世離れした雰囲気は、僕たちを神妙な気持ちにさせたのだった。自然と景色の方に足が向く。

雲がぐんぐん走っていた
鯱もある

「今まで色んなところに行ったよね」と景色を眺めながら、妻が呟くように言った。目の前に広がる景色に、目をぐっと凝らしてみる。
あそこら辺は、道後温泉の方だろうか。松山神社や湯築城跡も行ったな。当時は疲れもあって歩くのはそれなりに辛かったけれど、行って間違いはなかった。そう考えながら、僕はまだしばらく目を凝らしていた。
ふと、遠景の中に松山神社が見えたような気がした。
「ねえ、あっち、あそこ、松山神社じゃない?」と僕は指を差す。本当にそれが松山神社か確証もないのだけれど、気持ちが昂っていた。昨日は向こうからこちらを見て、今日はこちらから向こうを見ている。そう実感した途端、風が顔いっぱいにぶつかってくるように、昨日の旅の思い出が頭の中に流れ込んできた。

僕はもちろん、もう一方の景色も目を凝らした。眺めるではなく、凝視だ。
松山総合公園の小さなお城が、くっきりと山の上に建っているのが見えた。小指くらいの大きさで、その下をもりもりと木々が覆っている。
「僕たちあんなところまで上ったんだなあ」と、僕は児童書の中の冒険を終えた子供たちのように呟いた。
遠景にぽつんと建ついくつかのものから、旅の足跡を読み取ること。それは目に宿った思い出がやまびこみたいに響くようで、不思議な喜びに満ちていたのだった。

松山総合公園のお城。中央やや左の黄土色の建物

松山城に上るということ

気ままに旅をする。そういったコンセプトの旅行だったから、観光地は基本的に後回しだったし、松山城にだって特に強い興味もなかった。ほとんど、気まますぎないように旅行らしさを添加した、といった具合に加えられた目的地だったといっても過言じゃない。けれど、それはそれで大いに効果があったのだった。
時に僕たちは、遠くにあるものを近くにあるもののように感じようと、頭を働かせる。殊に、そのものに思い入れがある時、頭は思い入れを形作ろうと、当時の記憶や感情をできる限り汲み上げてくれる。
松山城は、松山の多くの場所から眺められる景色のひとつであり、逆に多くの景色を眺めることができる場所でもある。多くのものが遠くに見えるというのは、それだけ思い入れを形作ることができる場所だと言える。

「松山城に上るのは、松山を楽しんでから」
当たり前のような当たり前じゃないようなこの訓示は、思いがけず僕と妻の共通の財産になったのだった。



$${\small{愛媛に行く前のこと}}$$


$${\small{1日目にあったこと}}$$


$${\small{2日目にあったこと}}$$


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