親子丼ぶりちゃん4【伝説の詐欺師ガラジマくん】
前回
登場人物
殻島忍(がらじましのぶ)
-通称ガラジマくん。17歳、フリーター。
ユキには美作優斗(みまさかゆうと)と名乗っている。
ユキ
-SNSサイトでガラジマくんと知り合う。19歳、フリーター(居酒屋店員)。
ユウコ
-ユキの母親。37歳。スナックユウコを経営している。
本編
ユキとの出会いから4ヶ月が経ったある日の21時、ガラジマくんはスナックユウコに居た。ユキは居酒屋でバイトをしていたので夜は自由に動きやすかったのだ。(尤も、ガラジマくんの行動は誰にも縛ることなどできないが)
「ヤダー、タムラさんったら」
酒精に染められた艶やかな声が、狭隘な「男女の匣」に響きわたる。40代前半くらいの典型的な社畜が、低俗な下ネタトークを繰り広げていた。ガラジマくんも「勉強になります!」とそれに乗る。多客とのコミュニケーションを制するものがスナックを制するのだ。
狙った獲物は逃さない。あれから短期間で何度か此処に通った。-ガラジマくんは、今日を「勝負日」と決めていた。予定が変わるのはよくあることだが、彼の直感が「今日だ」と教えてくれていた。大人たちの現実逃避に付き合いつつ、いつも以上に彼は飲んだ。飲みに飲んだ。酒にやられることはなかったが、伏線を張っておく必要があったのだ。
24時前になり、最後の客が帰る。そこには、男と女だけが残った。酔いつぶれたガラジマくんがカウンターに持たれかかっている。「ユウトくん、飲みすぎたかな?」だらしなく項垂れる娘の恋人に、ユウコは水の入ったグラスを差し出す。まるで猫じゃらしに遊ばれる飼い猫のように、彼女の母性本能がくすぐられていく。「だい・・・じょぶですよー」彼は、甘えた声で上目遣いに37歳の女を見つめた。相手を猫にする。自分も猫になる。2匹の猫を、ワールドを、一瞬で作り出す。ガラジマくんはいつだって小さな世界の創造主なのだ。
「かえり・・・ますねー」
ガラジマくんは、ギギッと音を立て、椅子を引き、立ち上がった。そして、何枚かの「餌代」をカウンターに置き、千鳥足でソロリソロリとドアへと向かう。ゆっくりと。ゆっくりと。
「ちょっと・・・危ないわ」
ユウコはカウンターから出てくると、ガラジマくんの両肩に2つの手を添えた。すぐさま、そこに男の両の手が置かれる。冷えた女の手にぬくもりが伝わる。次の瞬間、飼い猫を愛でるような優しさで女の両手が握られる。細い指と女の性分とが絡まっていく。肩から腰へと、絡みついた男女の性(さが)が落ちていく。母から女へと、落ちていく。二人は見つめあった。3秒か30秒か。二人は時間を置き去りにした。
「マン喫で休んで、始発で帰ります」ふらつきながら、ガラジマくんは女に現実を突きつけた。無論、女の口から出る次の言葉はわかり切っていたし、事実その通りになった。「朝までうちで休んでいって・・・」そう言いやすい、言わざるを得ない状況を作ってあげたのだ。寸分の狂いなく、女は台本を読み上げたのだった。
女の部屋は、スナックの2階にあった。当然、ガラジマくんはそれを知っていた。いったん外に出て階段を登るとそこが寂しい女の部屋だった。「上がって・・・」女は、娘の恋人をそこに招き入れた。1Kの間取りで部屋は10畳ほど。床には、服が投げ捨てられている。大きなビニール袋には大量のビールの空き缶が見える。化粧台、テレビ、テーブル、座椅子、敷布団・・・生活感に溢れている。「昔はここでユキと暮らしてたのよ」と囁いた女は、母なのだと自分に言い聞かせているようにも見えた。
「お茶でいい?」ユウコは、500mlのペットボトルに入ったお茶をガラジマくんに差し出した。「私は、一杯だけ飲んじゃおうかな」いつものことなのだろう。自身は、500mlのビール缶を手馴れた手つきで開け、直接口に注ぎ入れた。この女はなんとか平静を保とうとしている。ガラジマくんの目は全てを見透かしていた。しばし、沈黙の時間が流れる。そこには、スナックのママは居なかった。明らかに、女は緊張していた。
「先に休んでいいからね。ユキが使ってた布団があるから・・・」スっと立ち上がり、押し入れを開けながらユウコは言った。ビール缶は空になったようだ。ずいぶんと早い。「ありがとうございます」ガラジマくんは、静かに返した。「私はシャワーを浴びて着替えてくるわ。ユウトくんもシャワー浴びたい?」「いえ、僕は来る前にお風呂入ったので」女は頷きながら部屋のドアを閉め風呂場へと向かった。
20分後、シャワーを終えた女が部屋に戻ってきた。上下ともグレーのスウェット。髪は濡れていない。化粧も落としていなかった。ガラジマくんは、飼い主の帰宅を喜ぶ仔犬のような目でユウコを見つめた。寂しかったよ、と。
「寝ようか・・・」女は、声をかける。「はい」男が頷くと、女は灯りをオレンジ色に変えた。2つ並んだ布団の片方に女が入っていく。静かな部屋に心音が鳴り響いているのが、たしかに聞こえた。女は、目を瞑れなかった。かと言って男を見ることもできない。そんな女を男は見つめていた。すこしずつ、すこしずつ、男の手が運命の扉へと伸びていく。
「どうしたの」指先が扉に触れたのと同時に女が口にした。が、それとほぼ同時に、女の次の言葉は奪われた。唇が、動きを奪われた。二つの指先が絡み合うのに時間は要らなかった。「ユウコさん」と男は一言だけ囁いた。他に言葉は要らなかった。そこには、男と女しか居なかった。
夜が深くなっていた。真っ白な絵の具を何度も重ね塗りしたキャンバス。そこに、赤い波が描かれる。ユウコの心は、渦巻いていた。相手は、未成年の男の子。娘の恋人との、禁断の関係。罪悪感と背徳感の狭間で、彼女は混乱していた。
静寂を裂くようにガラジマくんが切り出した。
「僕・・・ユウコさんのことが好きです。でもユキのことも愛してる。それじゃダメですか」ユウコの頭の中はもはやグチャグチャだった。ダメよ。やめて。でも・・・。返す言葉が見つからなかった。ただ、一つだけ言えること。「私もユウトくん、好きよ」気づいたら言葉にしていた。
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数日後、ユウコの部屋にガラジマくんは居た。
「実は、ユキと結婚するために二人でお金を貯めてるんだ。僕は来年18になるから300万貯まればいつでも結婚できる。二人で決めたことだよ。そうなったら、ユウコも一緒に暮らさない?いつでもこうして過ごせるよ。僕にはユウコが必要だから」
普通に考えたら、実におかしな話だ。そう、普通なら。毒牙に落ちた女はもはや普通ではなかった。猛毒に侵されていた。
「僕たちじゃ二人で月10万ずつしか貯められない。早くユウコと一緒に暮らしたい」
ユウコは「ちょっと待ってて」と言って出かけると、20分後、ガラジマくんに100万円を手渡して言った。「ユキには内緒にしてね。あなたが自分の貯金を入れたと言えばいい」
ガラジマくんは、嬉しそうな切なそうな申し訳なさそうな、彼にしかできない表情で、新たなカモに笑いかけた。
「ありがとう。好きだよ」
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