親子丼ぶりちゃん1【伝説の詐欺師ガラジマくん】
本編
時は2003年。殻島忍(がらじましのぶ)、通称ガラジマくんは17歳のフリーター。後に「伝説の詐欺師」と呼ばれる男である。彼が得意とするのは、アカサギ。女をカモにして骨の髄まで金銭を搾り取るというものだ。わずか14歳という若さで詐欺界に新星の如く現れ、現在では多くの詐欺師が一目を置く存在にまで成り上がっていた。
ガラジマくんの部屋。殺風景な六畳一間のワンルーム、その中央に敷かれた布団の上で彼は仕事をしていた。ひっきりなしに鳴り響く携帯電話。メールの通知音。今日もカモたちが餌に食いつく。一語一句に目を光らせるガラジマくんの眼(まなこ)は常に画面のその先を見ていた。ルックライクビャクガン。
「こいつはいけるな・・・」
ガラジマくんの眼が光る。一羽のカモを見つけたのだ。手馴れた手つきで食事に誘う。2台の端末をノールックで操作できるほどの技術を彼は持っていた。
こうして、ほんの5分後にはカモとのアポイントメントを取り付けた。連絡が来たその日のうちに会うことが決まる。それも、その当日の夜に食事に行くという早業だ。ガラジマくんには準備が要らない。正確に言うならば、いつでも準備ができている状態なのである。あらゆる想定ができているため、脳内でのロールプレイなんぞ無論不要なのだ。
19時。黒シャツにデニム姿の男がE比寿駅に立っていた。男の名は、美作優斗(みまさかゆうと)。この名を名乗り始めたのは、数時間前からだった。別名を名乗るのは詐欺師にとって「キホンのキ」である。
「ゆうとくん?お待たせー」
5分ほど待つとカモが現れた。ガラジマくんにとってはカモ全員がロン毛のF沢諭吉にほかならない。気を抜くと「F沢さんこんにちは」と言いかねないので、ここで気を引きしめるのがいつものルーティン。
「ユキちゃん?待ってないよ!やっぱり可愛かったー!」
ガラジマくんは、初動をミスらない。アメリカの心理学者アルバート・メラビアンが発表した「メラビアンの法則」によると、受け手が受ける印象とは、言語情報が7%、聴覚情報が38%、視覚情報が55%で構成されている。また、初動の15秒間で第一印象が決まるとも言われている。ガラジマくんは、身なり、話し方、話す内容を完璧に計算しているのである。今回の発言ひとつにもそれが垣間見える。「写メよりも可愛いね」と言っていたらどうだろうか?人によっては単に喜ぶかも知れないが、あるいは「写メは可愛くなかったのかな」と思わせてしまう恐れがある。そう、ガラジマくんは、今回もミスらなかったのだ。
談笑しながら、ガラジマくんは相手を探っていた。趣味趣向、服装や立ち振る舞い、所持品、推定年収など。もはやプロファイリングといえる代物であった。尤も、仮に金がなくても搾り取るのが彼なのだが・・・。
さて、食事場所は気軽に行けるファミレスに決まった。ガラジマくんが今回のカモ・ユキに提案し、快く受け入れられたのである。ユキは19歳のフリーター(居酒屋店員)で身に付けているものも質素だった。いつものごとく、彼は正解を導き出したのだ。
気付けば21時を回っていた。ファミレスでの2時間はあっという間だった。今回のカモ・ユキとはSNSサイトを通じて知り合ったのだが、彼女はこれまでにも数人と会ったことがあった。所謂ヤリモクの男しか居らず、初回から飲みに誘われホテルに連れていかれ一度きりで終わった、という話を聞かされた。そこでガラジマくんは、真摯な男であることをアピールした。無邪気に「可愛い」と相手を褒め称えつつも、大切にしたいから、と安易に性対象にはしない姿勢を見せた。年下の可愛らしさと紳士さを見事なまでに演じきり、会計は彼が担当した。
ユキを2軒目に誘うことなく、再会を約束し、E比寿駅まで送ったガラジマくんは、そっと笑みを浮かべた。そう、勝利確信の笑みを。
この時点ですでに、ユキはガラジマくんに惚れていた。紛れもなく惚れていた。この先見ることになる悪夢など知る由もなく。
次回
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