大学の七不思議
「ドラゴンボールかよ」その噂を聞いた時、俺はツッコまずにはいられなかった。七不思議を全て知ってしまうと不幸になる、というのが定番である。しかしこの大学の七不思議では、なんと願いが叶ってしまうらしい。でも七つってちょっと多い。暇を持て余している大学生とはいえ、七つ全部を探そうとする奴はいない。この男を除いては。
その噂を知った太津朗は、深夜の学校に忍び込んで調査するようになった。一人じゃ怖いから、というなんともストレートな理由で、いつも俺を連れて行く。彼とは付き合いも長いし、俺も七不思議に興味がないわけでもなかった。二人で調査を始めて気付けば三か月が経とうとしていた。調査の成果は上々で、今までに6つもの怪現象に遭遇できてしまった。願いが叶うまで、残すところあと1つ。
講義が終わった俺達は喫煙所にいた。
「そういや聞いたことなかったけど。太津朗の願いは何なんだ?」
「そうだなあ。鈴華と一緒に幸せになれたら」
「かあー。妬けるねえ」
鈴華も俺達と同じ大学に通っている。太津朗が鈴華に告白してから一年くらい経つのだろうか。二人は構内でも一緒にいることが多く、鈴華とは自然と顔を合わす機会が増えていった。彼女は細かいことをあんまり気にしないタイプなのか、大学の外でも三人でよく遊んだ。
「俺も彼女ほしいな」
二十歳を越えているんだ、願いが叶うなんて信じてはいない。信じてはいないが、叶えたい願いごとの一つや二つぐらいは、俺にだってある。
「今夜も手伝ってくれ。この通り!」
いつものように両手を合わせて拝んでくる。正直なところ、ここまできたらどうなるか見届けたい気持ちもある。
「わかった。あと1つだし、今夜で終わらそうぜ」
「オッケー! じゃあ0時に集合な!」
そう言って喫煙所を後にした。
――もうそろそろ0時になる。入り口で待っていると、太津朗と女性が歩いくるのが見える。
「なんだよ。鈴華も連れてきたのか」
「せっかく願いが叶うんだ。俺だけってのは忍びなくてね」
「はぁ? 怖いから嫌だったんだけど。椋もいるから大丈夫! 頼む! って無理やりね」
「へえ、あんまり怖がってるの想像できな――」鈴華に睨まれて怯んでしまった。
「ウソウソ。で、今までのこと聞いた?」
「うん。っていうかさ、あんたたち本当に大丈夫? 呪われてない?」
「うーん、大丈夫だよ。目撃はしたけど、それ以上のことは何も起きてないし」
鈴華の顔を見るも不満げな様子だった。
「椋。まずはどこを調査する?」
「講内はだいたい調査したしなあ。鈴華は何かそれっぽいところ知らない?」
鈴華に視線を戻した。
「思い出したんだけど、ウチの大学に井戸あるのって知ってる?」
「えっ井戸?」
「うん。もう使ってないらしいんだけどね。井戸ってさ、いかにもな場所じゃない?」
「そうだね。じゃあそこまで案内頼むよ」
「わかったわ。早速行きましょう」
「ちょっと待て」
太津朗が俺達を引き留める。
「一応、これ渡しておくな」
太津朗が袋から箱を取り出した。中に入っているのは、ろうそくの束。
「怪現象自体起きているのは間違いないしな。鈴華の言う通り、呪いにでもかかったら困るだろ」
太津朗はろうろくを手渡しながら話を続ける。
「もし何か起きた時のために、魔除けのやり方を教えておく。石を並べて五芒星を作るんだ。その五芒星の頂点と中央にろうそくを置いて火をつける。あとは祈れ!」
「えー、なんかそれって儀式みたいじゃん」
「祈りって何を祈るの? 呪文?」
「ネットで調べただけだから、そこまでは書いてなかったな。助けてください~とか祈ればいいんじゃないか?」
「んなテキトウな……」
怖がりの癖にオカルト好き。相変わらず、頼もしいのかそうじゃないのかよくわからない奴。
鈴華に連れられて第一校舎の裏手に行くと、隅の目立たない場所に井戸を見つけた。井戸の上には、蓋代わりに木の板が6つほど並べ置かれていた。過って人が落ちてしまわないようにしているのだろう。俺は一番左端の板を持ち上げようとしたが、動かない。どうやら釘が打ちつけてあるようだ。
「釘抜きがないと無理か」板から手を放す。
「待って。ここの板は釘が外れているみたい」
板を指さしたまま、鈴華がこちらに向き直る。つまり、触りたくはないということらしい。
俺はそれに手をかけると、いともたやすく持ち上げることができた。お互いがお互いを見遣る。誰が覗くのか、というメッセージを目で送り合う。
「私パス。君ら二人でどうぞ」
「まじかよ。でも一人で覗くよりかはマシか」
井戸を挟んで、俺は太津朗と向かい合う。中は当然真っ暗で何も見えない。スマートフォンのライトをつけて覗いてみた。
「深いな」
奥までは見えなかった。俺は落ちている石を拾って、井戸に向かって放り投げる。
カンッ、カンッ、カンッ、カンッ……
太津朗を見ると、おかしいよなという顔をしている。壁面に当たった音しかしない。
今度は壁に当たらないように、真っ直ぐに石を落とす。ライトに照らされた石が闇にすうーっと消えていく。着水音も何かに当たる音もしない。
「オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「う、うわあ」
突然の声に弾かれるように井戸から離れる。一瞬お互いが顔を合わせたその瞬間、鈴華が走り出すのが見えた。置いていかれる、そう思うと恐怖は何倍にも膨れ上がる。急いで追いかける。振り返る余裕もなく、全力で走った。
――ようやく入り口に着く。心臓のバクバクとした音が収まらない。
「さ、さっきの」息切れのせいか顔を上げられない。
「う、うん、赤ちゃんの泣き声みたいなのが」鈴華が顔を上げて答える。
「あれ? 太津朗?」
ハッとする。辺りを見回しても太津朗の姿がない。鈴華はスマートフォンを取り出すとこちらに見せてきた。
「太津朗から着信がきてたみたい」
「え、じゃあかけ直してみてよ」
「うん」
鈴華がスマートフォンを俺に見えるように操作する。
「おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか――」
スピーカーからうっすらと聞こえた。
「ダメ。繋がらない」
「アンテナ全部立ってるな。電源が切れたか……」
鈴華は不安そうな顔でこちらを見ている。
「探そう。何かあったのかもしれない」
気付けば鈴華が俺の手を握っていた。俺は手を握り返すと、二人で一緒に来た道を戻る。
井戸の方へと戻ってきた。井戸のすぐそばに何か落ちているのが見える。
「鈴華はここで待ってて」
近づいて拾い上げてみると、それは太津朗の片方の靴とスマートフォン。
「もしかして……あの中に……?」
鈴華を見ると、その表情には恐怖が滲んでしまっている。俺は震えている彼女に駆け寄り、ぐっと抱き締める。唇を近づけても鈴華は抵抗しなかった。
「鈴華、帰ろう。早くここから離れた方がいい」
「でも、このままだと私達も危険かもしれない」
「そうだ。太津朗が言ってた魔除け――あれをやろう。もしかしたら太津朗も助けられるかもしれない」
俺達は石を集めて五芒星を作った。
「できた。火をつけるよ。離れてて!」
ライターを取り出す。五芒星の頂点に置かれたろうそくに時計回りに火をつけていく。最後に中央のろうそくに火をつけ終えると、俺は両手を組み合わせて祈りのポーズをとる。
いくら願いが叶うからって、そこまでは望んでいない。ただ鈴華と別れてほしかっただけ。すまない。太津朗を助けてやってくれ! 心の中で祈る。
しかし、あたりを見回しても何も変化がない。
「きゃあああああ」
突如、悲鳴が静寂を切り裂く。咄嗟に彼女に視線を向けると、異様な光景が目に飛び込んできた。
鈴華の脚元が黒く渦巻いている。そこから伸びたいくつもの黒い手が、彼女を闇に引きずりこもうとしている。
「くそっ!」
走りだそうとしたが、足が前に出ず転んでしまう。
自分の足元にも無数の手が絡みついていた。
「うわあ」
必死に地面を掴んで抵抗するが、徐々に引きずりこまれていく。
もうダメかもしれない。そう思った時、視界の端に人影を捉えた。
あれは――太津朗!生きていたのか!
「太津朗! おい! 助けてくれ!」
しかし、その声は彼に届いていないのか、反応がない。
鈴華の方を見る。彼女の顔は既に黒い手で覆われており、喋ることもままならないのか、「うーうー」と唸るような音がするだけ。
黒い手が俺の顔にも絡みついてきた。もはや動かせるのは、眼だけ。太津朗に視線を向けると、こちらを睨み付けていた。その鋭い眼光には、はっきりとした敵意を感じられた。
徐々に視界が狭くなっていく。その隙間から見えた太津朗の目には涙が浮かんでいるようにも見えた――
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