クリエイティブに対して自由であること in NOLA.
会社の出張でアメリカ・ニューオーリンズにきて、はや4日。※ビジネスチックなことはまだ会社へも報告していないので、また別の機会に書くこととします。
(ちなみにタイトルのNOLAは、NewOrleans LouisiAnaの略語なんだって。かっこいい。)
なんてステキな街なのか。
植民地時代の名残が残るフレンチクォーターという街に滞在拠点を置いていますが、どこを歩いてもオシャレで、ファインダーを覗くたび、魅了されていくのを感じます。
名前こそ「フレンチクォーター」ではあるものの、フランス植民地時代の建物は18世紀の火災か何かで焼け落ちたらしく、現存するオシャレな建物はほとんどがスペイン様式のものなんだって。ぶっちゃけアジアから出たことがない俺にはあんまり違いはわからないけど。
ルイジアナ州といえば数年前に「カトリーナ」がやってきて大災害になったことで有名だけれど、このあたりはあまり被害がなく、一ヶ月くらいで再開したんだって。カクテルの名前にしたり、でかでかと名前を書いたTシャツを売っちゃうところがアメリカン(国民性を批評しているわけじゃなく、ただのイメージね)。
そしてニューオーリンズといえばやっぱりジャズ発祥の地として知られているけれど、個人的にはあまりジャズに触れることはなかったため、音楽そのものはよくわかりません。楽器がかっこいいな、とか楽しそうに演奏している黒人がかっこいいな、とかそんなレベル。
でも、街中のどこを歩いても黒人がジャズを生演奏していたり、ちょっとカフェバーに入るとソウルフルな歌声が聞こえてきたりするのは、素人からしても本当にステキです。ジャズとかソウルとか、日本にいて耳で聴くだけじゃわからないけれど、目の前で演奏して、歌っているところをみて、「全身で」聴くことですぐファンになりました。
クリエイティブに対して、自由な街。
前置きがとっても長くなってしまったんだけど、そんな街にいて、クリエイティブがとまらなくなるのは、もう仕方のないことでした。
世界一礼儀正しい民族である日本人として、日本からきたフォトグラファーであるということ、アンタがスーパークールだから写真を撮らせてもらいたいんだということを告げた上で(個人的に重要)、たくさんの「パフォーマー」の写真を撮らせてもらいました。
日本では、俺のように趣味から始まり、土日の副業で写真を撮っている人間が「フォトグラファー」なんていうだけで、プークスと笑う人もたくさんいます。
もうそんなの慣れたし、今では胸を張って「フォトグラファー」を名乗ってるけどね。お金をもらって写真を撮らせてもらう以上、スキル以上に自負とプロ意識と誇りが必要だもの。
ここの「パフォーマー」は、まさにそんな「自負」を持っているやつらだった。別に資格なんてないし(たぶん)、中には楽器すら持ってないやつもいた。ベンチに座って、自分の手拍子で歌ってた。目の前に置いた箱にチップを入れてもらいながら。
そいつは間違いなく、ひとりのパフォーマーとして、自分のパフォーマンスで観客に音楽という価値を提供して、お金をもらってた。すげえなって素直に思った。その辺のバンドマンよりよっぽど「プロ」だ。
上裸でタップダンスしてるやつらもいたし、ギターデュオもいたし、もちろん本格的な楽器を持って演奏してるやつらもいた。それをみて、クリエイティブで「プロ」になるのは、やっぱり自由であるべきだと改めて感じた。
どんな偉人も、テレビに出るようなプロフェッショナルも、最初は実績も何もないところから、自分のクリエイティブと誇りだけしかないところから、始めてるんだし。
最近では日本でもスキルのシェアリングエコノミーやCtoCのトランザクションが一般的になりつつあるし、これからもっともっとそういう文化になっていくんだと思う。
自分のクリエイティブに対して、自由であること。
自分のプロ意識に対して、自由であること。
クリエイティブがとまらない街で、そんなことを再確認した出張終わりでした。
(もちろん、人の命に関わることやお金に関わることなんかは、ちゃんと資格とか免許とかあるべきだと思います。それに、クリエイターだって人にお金を頂く以上、プロとしての意識は本当にしっかりと持つ必要がある。あくまでも他人や社会からの根拠のない評判や目から自由になるべきだ、っていうこと。)
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