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ギリシア文字雑感

 アルファα、ベータβ、ガンマγ、デルタδ‣・・・・オミクロンοなどは最近よく聞く。これはギリシア文字のイロハである。 正式名アルファベットという。はじめの文字2字アルファとベータをつなげた語で全体を表している点ではイロハと同じだ。アルファαオメガωという表現ではじめから終わりまでを意味するので、オメガはギリシア文字の最後の文字である。ちなみにスイスの高級時計オメガΩ(これは大文字)は時計では究極の品質であることを誇示したネーミングなのかもしれない。安い時計しか持たない筆者には無縁に違いないが。

 イロハは「いろは歌」のはじめの三文字であるが、オメガに相当する文字をご存じだろうか。それは「ん」である。「ん」が最後に付くと終わりになるのは、しりとりゲームで実践済みだろう。

 最初にギリシア文字を並べたのは新型コロナウイルスの変異株の名称である。最初は変異株が見つかった国名を名称にしていたが、変異が最初に見つかった国が非難をおそれて国名を使わないようにWHO世界保健機関に求めたので、ギリシア文字のアルファベット順に通し番号が付けられたらしい。最初の4文字は順番だが、オミクロンはアルファベットの序列の15番目なのだ。それがおかしい。デルタからオミクロンまでには、イプシロンεからクシーξまでの10文字が入るのに、どうしてオミクロンに飛ぶのだろうか。最初は新型コロナウイルス蔓延を早期に終息させる意図でホップステップして最後にジャンプして終わりのオメガを目指す前段階のネーミングなのかなと推察した。どうもそれは間違いでイプシロン変異株をはじめとして、オミクロン株までの間に10種類の変異株が実在するらしいのだ。ただ感染力が強いとか、感染すると重症化するという脅威になる変異株が現在まで5株あったので、5株だけが頻繁にメディアに登場しているらしい。

 オミクロンo-mikronは「 短音のオ」の意味。ギリシア文字にはもう一つ「オ」をあらわす文字がある。オメガo-megaで、「長音のオー」を表す。単純な意味ではミクロンは小さいを意味し、メガは大きいを意味している。ミクロンもメガも今日いろいろなところで使われているが、比較するのに便利なので、phone=音を両方につけると、microphone=マイクロフォンとなり、megaphone=メガフォンとなる。マイクロフォン(マイクは短縮形)は音を電気信号という聞こえないほど小さくして送る電気器具になり、メガフォンは音を拡大する拡声器として用いられる。メガフォンは叩くものではないが、今日では叩いて音を出している。

 新型コロナウイルス感染症の世界的流行をパンデミックpandemicと呼んでいる。このパンデミックも元はギリシア語である。パンpanは英語でオールallを意味しているから、昔あったパンアメリカン航空はアメリカ全土を網羅する航空会社を標榜していた。demicはギリシア語デーモスdemosからきている。demosは人々・民衆を意味する。パンデミックには病気に関わることばが入ってないので、すべての人々という意味だけを有している。正しい用法はpandemic diseaseで「万人の病気」「万人が罹る病気」だろう。今日では名詞的に使われているが、英語文法的には形容詞の語尾だからこの場合名詞が必要になる。

 デーモスdemosはわれわれが最も重要な原理原則を表現する言葉、民主主義=デモクラシーdemocracyを構成する要素になっている。demoは民衆を表し、クラシーcracyはその力を意味していて、「民衆の力demokratia」を結集して政治をおこなう仕組みをさす。古代ギリシアの有名な医師ヒポクラテスHippocratesは「馬なみの力を持つ者」ということになる(hippos=馬の意味)。

 ヒポクラテスは多様な病気の症例をたくさん見聞して、発病の原因・兆候・症状を分類して診断・治療するという医学を科学の領域に達する学問にしたことで知られている。彼はこのように臨床を重視して内科的治療の先駆者となった。そのことからおもに内科医院をクリニックというのはヒポクラテスの臨床治療の影響を受けたものといえる。クリニックはギリシア語kline「ベット」「カウチ」を語源としていて、医学用語としてはたいてい臨床と訳されている。

 古代ギリシアでは、酒宴は小さなベット(クリネ)に横たわって酒を飲むスタイルであったので、盃には横になっても飲みやすいように取っ手がついていた。寝ていては、酒を注ぐのに不便じゃないかとおもわれがちだが大丈夫。その役目は酒のツボを持って立って給仕している奴隷が務めていたからだ。ときには話題の中心になるのは哲学的な命題になる場合があった事例から学術用語として用いられるようになっていく。

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 ギリシア語で酒宴のことをシュンポシオンsymposionといったが、日本ではこれをアカデミックに饗宴と訳している。意味は文字通りで「一緒に飲むこと」を意味していた。ところが現代の使用はラテン語尾にしたシンポジウムsymposiumとして「公開討論会」「研究討論会」などの行事として使われている。欧米でのシンポジウムの使用は、プラトン『饗宴symposion』の哲学的演説のなかで、一つのテーマで論じている話し合い形式の会合が「高尚な研究会や討論会」に合致したので使われるようになったと思われる。

 医学研究に限定したシンポジウムだけでも数多世界中で開かれているが、もともとの意味が「飲み会」ということではしっくりこないかもしれない。新型コロナのパンデミックが終息すれば、それこそ今まで蓄積されてきたデータを持ち寄ってシンポジウムが開かれるはずだ。多くのシンポジウムの中からわれわれ人類はこの流行病の根本的治療や処方を確立する知見を得ることができるかもしれない。「飲み会」とは一緒に同じもの・おなじ場を共有するという意味にするならばノープロブレムなのかもしれない。

 ここでは新型コロナ流行病にともなって使われているカタカナ語で、よく耳にする言葉のうちギリシア語を語源とするものを取り上げてみた。カタカナにすると元の言語が分からなくなることがよくある。本来の英語は語彙数が全体的に少ないので、新語をギリシア語、ラテン語、ヨーロッパの各言語から借りて用いていることが多い。日本語も漢文や古文で使われている言葉を適宜用いているのと同じことである。ただ異なる点は、科学、工学、医学などの最新の用語を、古い言葉で表現していることだろうか。たとえばエネルギーは日本語に訳がなく、そのまま使われている語である。この語はもともと「軍役などや農作業に力を尽くしておこなう」意味で使われていたenergonをen+ergonに分けるとin+workになるので、「その中で働くもの」、たとえば石油はエンジンやストーブの中で働くものだからエネルギーenergyだという定義がなされ使われるようになった。各国語で語幹は同じだが語尾がちがう。

 *この文のギリシア文字はすべてローマ字表記にし、長音・単音の区別もしていない。
  

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