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わたしの義理の息子は入れ墨ものである

 刺青ものという言い方は江戸時代に罪人に使われていた。軽犯罪を犯した者に対してかしたもので、生涯にわたって懲罰する意味合いを持っていたのだろう。現代では人権侵害になるはずだが、当時はバリバリ侵害していた。一般的に知られているのは腕に刺青をすることだが、時代劇で見たときは腕時計をつけるあたりについていた。実際は二の腕につけるものであり、袖の中に隠れるようになっていた。江戸と大阪では二の腕の位置もちがっている。二大都市では多少は世間に配慮している感じがする。地方によっては額に刺青

    • アメリカにおける食のコペルニクス的転回

       今年の連休にアメリカに渡った。娘がカリフォルニア州サンフランシスコ郊外に住んでいて、サポートを求めてきたからだ。画家である娘が、このたびGAFAを形成する一企業の新築建物群の巨大な給水貯蔵タンクの壁画を描くことになり、4月から現場で仕事を始めていた。もちろん絵を描くサポートをしたわけではなく、孫のベビーシッターを頼まれていたのだ。  約5年ぶりのアメリカだった。コロナ禍で行く機会が失われ、行こうにも行けなかったのはみなさんと同じだ。表面的にはあまり変化は感じられなかった。

      • 文化とはなにか!現代、最もよく使われている言葉の起源は?

         *実は日本には「文化」という言葉はなかったのです    明治に入る前の日本には「文化」という言葉は存在しませんでした。今日カルチャーcultureと総称する言葉の日本語に相当する単語はなかったのです。    *文化の誕生 ところが、明治期になると欧米の見方、考え方、とらえ方が否応なく入ってきたため、翻訳に支障をきたすものは新しく言葉を作り出す必要がでてきます。「文明」も同じ理由からつくられた言葉でした。ヨーロッパのほとんどの言語で用いられているシビリゼーションを「文明」や

        • 強い信念があってはじめて偉大な行動がなされる Strong conviction precedes great actions.

           鹿児島への一泊二日の旅をしてきて、スッキリしない疑問が残ったことがあった。幕末から明治中期にかけて輩出した鹿児島出身者のうち、教科書に出てくる人物が非常に狭い一町内出身者であることに気づいたことである。この時代の前にも後にも歴史に記録されるような人物は鹿児島からほとんど輩出していない。動乱の時代に適合した人物が表舞台で活躍できた背景にはなにがあるかと答えを探したときに見出したのが「郷中教育」というシステムだった。  鹿児島市内で最も人材を輩出した町は加治屋町であり、そこか

        • わたしの義理の息子は入れ墨ものである

        • アメリカにおける食のコペルニクス的転回

        • 文化とはなにか!現代、最もよく使われている言葉の起源は?

        • 強い信念があってはじめて偉大な行動がなされる Strong conviction precedes great actions.

          火をおこすには火打石が二つ必要だ It takes two flints to make a fire.

            今どき関東から九州に行くのにコスパがいいのはLCC格安航空で行くのがベストだ。特に南端の鹿児島へ行くには時間・料金とも最速・低料金になる。ましてや弾丸ツアーの場合はなおさらだ。  日本に生まれて以来一度も九州の地を踏んだことのない同士の弥次喜多二人旅として鹿児島を目指した。二人は九州に行ったことはないが何故か沖縄には行っており、ほかに海外旅行にもいったが空白地帯として九州が残っていたのだ。そんなことをいうのは単なる言い訳に過ぎない。東京都に住んでいても、一度も行ったこと

          火をおこすには火打石が二つ必要だ It takes two flints to make a fire.

          無意識の意識

           世の中ってなんて便利にできてるんだろうと、つくづく実感させられたことがあった。人は普段あるものをあたりまえに使い、何とも思わない。都会では多くの人が遅滞なく活動できるように街中は便利なものでできているのである。  車と人が共に存在するところには、車専用の道路ができているし、人専用の歩道があり、人と車が交差するところには信号機があり混乱をセーブしている。人と車がたくさんあればあるほど、共存システムは精妙にできている。  先日、東京都内に行ってきた。いつもと違ったのは、二歳

          無意識の意識

          ボストン 今昔

           ボストンのローガン空港に降り立ったとき、全市はすっぽり雪のベールでおおわれていた。ターミナルCでスーツケースを受け取り、地下鉄でボストン南駅に向かおうとしたが、前日の大雪で地下鉄は運休とかで市内に入る手段がないのかなと困惑したが、幸いシャトルバスがあったので、ボストン南駅までたどり着くことができた。    中心駅であるボストン南駅からホテルまでは交通機関がマヒしていて、どんな手段があるか見当がつかなかった。そこでiPadの地図を開いてホテルを確かめたところ、徒歩で行ってもそ

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          ギリシア文字雑感

           アルファα、ベータβ、ガンマγ、デルタδ‣・・・・オミクロンοなどは最近よく聞く。これはギリシア文字のイロハである。 正式名アルファベットという。はじめの文字2字アルファとベータをつなげた語で全体を表している点ではイロハと同じだ。アルファαオメガωという表現ではじめから終わりまでを意味するので、オメガはギリシア文字の最後の文字である。ちなみにスイスの高級時計オメガΩ(これは大文字)は時計では究極の品質であることを誇示したネーミングなのかもしれない。安い時計しか持たない筆者に

          ギリシア文字雑感

          紅茶は効茶なり

          1ボストン茶会事件  史実を詳しく調べたわけでもないが、1773年12月16日に起こったボストン茶会事件で港に投棄された「お茶」は緑茶だったらしいのです。私がこの歴史を学んだ当時は、そんなことは想像すらできずに、紅茶だろうと決めつけていたのです。通俗歴史書には、ボストン港はまっかに染まったと書いてあった記憶があります。今考えてみるとこの記述は文学的表現であり、革命の始まり、すなわち植民地人の血を流す行為の象徴として読者を引き付けようとしたのかもしれません。  2紅茶の起源

          紅茶は効茶なり

          ガン放浪記 part2

            ガン放浪記part 1では、前立腺がんの発見から民間療法によって病巣の消失を狙ったものの、狙いはうまくいかなかったという話をした。プラス面ではPSA値が一年前とほぼ同じ水準で保てたのが唯一の成果だった。この調子でいくと、何年かかるかわからないし、費用もバカにならないという、こずるい考えで外科的処方で心の重荷を下ろそうとした。ガン病巣とこれからも長年付き合っていくことに対する恐怖もあった。  大都会に住んでいてどんな治療法も受けられる環境にあるわけでもない小都市市民なので

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          「まつたけ」はまつだけ

           ロシアに行ったこともなく、単なる知識にすぎないけれどロシア人はキノコ狩りが大好きであり、食べることも大好きだといわれている。ロシア人を含めたスラブ人は一般的にキノコが好きな民族に分けられている。スラブ民族がキノコが好きになったのは、飢饉になったとき、広大な森林地帯に分け入ればたくさんのキノコを見つけ、採取できたからだそうだ。確かに東ヨーロッパにおける穀物の収穫期に飢饉になったさい、貧しい人々にとってはお金を払わずに飢えを凌ぐことができるキノコの存在は重要な位置を占めていただ

          「まつたけ」はまつだけ

          経験は誤りやすく、批評は難しい

            (ヒポクラテスは表題のようにかく語り) *言葉の不思議  ある文字をまじまじと見たとき、どうしてこの漢字なんだろうと思うことがときどきあります。子供のときどうしてスーツのことを背広というかわからなったのです。お父さんの背中が広いというのが、字面から一般的に理解されるでしょう。しかし、その解釈は間違っているらしい。この語の語源は何通りかあって、いまだこれという有力な説がないらしいです。  一説には欧米で着用されていたシビル・スーツcivil suitがだんだん訛り、変

          経験は誤りやすく、批評は難しい

          備忘録 品川慕情

           北からやって来たのに湘南新宿ラインの降りる駅を間違えて、横浜駅から品川駅をめざした。品川で京急に乗り換え、二駅目の新馬場駅北口の第一京浜道路側に降り立ったところ、大きな鳥居が見えていた。品川神社の鳥居だなと確認して、鳥居に向かわず逆の商店街のほうに歩き、お昼を食べてから神社に上ることした。この商店街は品川神社の参道になっているらしく街灯のポールに北馬場参道通りとあり、昔は門前町であったのだろうか。  どこの駅近くでもあるファストフード店を探したが見つからず、地元の古くから

          備忘録 品川慕情

          清水の舞台から飛び降りる

          (東京にも清水の舞台はある。寛永寺の清水観音堂は清水の舞台を模して造られたものである) 世の中とは不思議な世界である。 ある人と先日電車の中で出会った。座席に座り、タブレットでメールを打っていたところ、LINEが画面に入ってきたのだ。  「お久しぶりです。お元気ですか。今電車に乗ってますか?」という文面だった。  発信者を確認して、辺りを見回してキョロキョロしたがわからない。駅かどこかで見かけて、LINEしてきたのかなと思ったとき、妙齢の女性と目が合い、微笑んだのである。

          清水の舞台から飛び降りる

          長崎旅情

           日本で新型コロナが流行る前の2月、息子太郎と九州の地を踏むことになった。  その年太郎は大学を卒業するので、卒業旅行みたいな旅行に行くことになったからである。普通は学友と海外旅行へ行くのがベタなのだろうけど、何故か親父と行くことになったのは不思議である。  わたしが誘われたとき、太郎は北海道、本州、四国へ行ったけど、九州に行ったことないから、行きたいということだった。かといって、九州のどこへ行きたいというわけでもなく、ただ九州の地を踏みたいということだった気がする。

          長崎旅情

          ガン放浪記 part1

           いまから10年以上も前からから気になる現象があった。若いときはあっという間に終ったトイレが、直ぐにでず、でだしても、直ぐに出し切らずに長くかかってしまう現象に気づくようになった。最初は年のせいかなとあまり気にとめていなかったが、年々時間がかかるようになり、それとともに子供時代のある光景が目に浮かぶようになった。父がトイレに行ってもなかなか帰ってこなかったという記憶である。なにか遺伝的なものがわが家の家系にあるのではないかという疑念が生まれてきていた。  ところが、ある日何

          ガン放浪記 part1