「まつたけ」はまつだけ
ロシアに行ったこともなく、単なる知識にすぎないけれどロシア人はキノコ狩りが大好きであり、食べることも大好きだといわれている。ロシア人を含めたスラブ人は一般的にキノコが好きな民族に分けられている。スラブ民族がキノコが好きになったのは、飢饉になったとき、広大な森林地帯に分け入ればたくさんのキノコを見つけ、採取できたからだそうだ。確かに東ヨーロッパにおける穀物の収穫期に飢饉になったさい、貧しい人々にとってはお金を払わずに飢えを凌ぐことができるキノコの存在は重要な位置を占めていただろう。
西ヨーロッパはキノコの種類が少なく、キノコを食べる文化が東ヨーロッパより発達しなかったらしい。気候の影響も考えられるが、絶対量も少ないために、どちらかと言えば豆類やクレソン、レタスなどの葉野菜が飢えを凌ぐ食糧とされていた。英語圏ではどんなキノコも一般的にはマッシュルームmushroomと呼ばれるが、ラテン語を語源とするので、部屋とは関係ない。フランス語ではシャンピニオンchampignonと呼ばれているのはラテン語のキャンパスcampus=野原から取れたからである。もっともわれわれがマッシュルームとして食べているものは、ヨーロッパでは17世紀ころから人工栽培されたものの系統である。
ヨーロッパで人工栽培されるようになるマッシュルームは、フランスの馬小屋で敷わらに生えてくるキノコを人工的に栽培することに始まる。敷わらに馬糞を混ぜて発酵させ、菌を植え付けるとマッシュルームが生えてくるわけだ。日本でマッシュルームが栽培されるようになるのは、アメリカでマッシュルーム栽培を長年研究し、帰国して生産を始めた森田彦三郎を嚆矢とする。日本ではキノコは「(樹)木の子(供)」から名づけられたといわれているように、木々が朽ち果てた残がいに生えるからキノコであるがその発想を人工栽培に利用したのが森田である。木材を切るときに出るおが屑にキノコの菌を植え付けて、キノコの大量生産に先鞭をつけたのである。
マッシュルームを森田は西洋マツタケと命名して売り出しているが、日本の松茸とは立ち位置がちがう。日本の松茸は味よりも匂いを食べるキノコなのに対して、西洋マツタケは味が一番の売りである。「匂い松茸、味シメジ」という言葉があるが、マッシュルームはシメジに匹敵する旨味を持っている。料理材料として使うと、マッシュルームの旨さがよく分からないことがあるが、オーブントースターにジクをとりカサをひっくり返して塩をかけて焼くと、カサの部分に旨みが濃縮した汁が溜まりまことに旨い。もちろんキノコのカサもジクもうまい。お酒がすすむことうけあいである。
子供のとき、母の義兄が里山の麓に住んでいた関係で、秋になると松茸を持ってきてくれることがよくあった。この松茸は、子供のわたしでも匂い、味ともに絶品だった。松茸ご飯は何杯食べても飽きがこなかった。その食体験が松茸に対する偏見というか偏向を固定化させている。いま食べても昔のような味わいを感じられないのである。もちろん、外食で食べたり、家庭で食べたりしても、最高級の松茸を食べられるほど、ふところはあたたかいわけではないから、国産であっても日にちが経って香りが半分以上抜けたものや輸入品などに限られるから、おしてしるべきである。味シメジにしても、おじさんが持ってきてくれた天然もののしめじも美味しかった記憶がある。いまのような大量生産方式でできたシメジとはどうしても味が違うような気がしてならないのだ。
松茸もしめじも天然ものを味わう機会はほぼ失われたわたしにとって、安くていつでも手に入る西洋マツタケは、子供のときの記憶もそれほどないので、キノコの最高峰として君臨している。