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【#3・前編】信仰心と自他境界『エングラシア』『ソコロ』【ブラスフェマス・考察】

1.信仰と自他境界

 前回の記事で、肉体と魂(精神)が別のものとして扱われることについて書きました。


 この延長線上にあるものとして、自分の信念(魂)を貫くために肉体を苦痛に晒す行為があり、ブラスフェマスでは信仰の表現として描かれていることが多々あります。

 今回は前編として『エングラシア』と『ソコロ』について書きます。両者はストーリー上関わることはないのですが、自身の在り方として似た選択をした人物として併記しました。
 例えば宗教に限らず、「過度に献身的であること」は時に悲劇を生むことがあります。相手のためを思い、自分が生存するために必要なもの(財産、命)まで捧げてしまう、自己犠牲の精神。本人の意志で意図的にそうすることもあれば、他者の痛みを敏感に感じ取ってしまうほど自他境界が曖昧になり、無意識にそういう行動をとってしまう場合もあると思います。

 純粋な信仰の話だけではなく、心の優しさや共感性、ある意味で依存性すら感じる程に、人間の自己犠牲が描写されている二人です。


※ネタバレ&個人の解釈を含みます。


2.自己を捨て、他者の痛みを受け止める人々


『エングラシア』

肉体の痛みは明確なる自己犠牲であり、美徳を追い求めるがゆえの、自身に対する無関心である。悲しみと絶望を体現したようなこの聖歌には、確固たる信念が満ち溢れている。(略)

祈詞『サエタ・ドロローサ』テキストより

 エングラシアは有名なロザリオ職人であり、その素晴らしい作品を求めてエスクリバーや司祭達がロザリオの製作を依頼したとされる人物です。
 一方で、オリーブ畑で一人涙を流し、悲しんだ末に命を落としたのではという伝承も残されています。

 エングラシアのテキスト・伝承は断片的であり、ジェミノという人物にも間接的に関連エピソードが含まれますが、明確なストーリーは提示されていません。そのためここではあくまでも仮説として、時系列を設定して考察してみたいと思います。

 はじめに『涙に濡れたドライフラワー』の伝承より、エングラシアはアルベロに生まれ、オリーブを収穫して他の住民達と同様に暮らしていたとあります。オリーブ畑で一人、何かを嘆いて泣いていることもあった彼女はある日、オリーブの木の下で亡くなっているのが見つかります。彼女が死んでしまうと、彼女の涙のおかげで日照りを生き延びたとされるオリーブ畑も枯れてしまいました。
 『ロザリオの結び目』の伝承にてロザリオ職人として製作を行っていた話が語られますが、それが生前の話と考えると、彼女は亡くなる前から信仰心の厚い信徒であり教会も一目置く存在として扱われていたでしょう。


 そこから彼女の聖母教会での知名度、不思議な逸話や存在自体が聖人化して信仰となり、聖母教会とは別の流派を新たに生み出したのではないでしょうか。
 というのも、ジェミノやオリーブに関連した伝承は地獄で責め立てられる人々の様子が描かれており、暗に異教徒の扱いを受けたと示されている…と推測できるからです。

地獄に落ちた者たちが、恐ろしい見た目の虚ろな金属の彫像に向かって、凍り付いたオリーブの道を歩み進んでいく。神に見捨てられた彼らは、そこで死んでいくのだ。ジェミノはその歩みを止め、雪の下にまだ残っていたオリーブの実に目を留めた。彼は周りに気付かれないようにその実を拾い上げると、その手をしっかりと握りしめた。本来であれば、まったく大切なものではないと知りながら。

ロザリオ『凍ったオリーブ』伝承より

 エングラシアの名前は出ず憶測ではありますが、上記の伝承で「地獄に落ちた」「神に見捨てられた」という言葉から、少なくとも聖母教会からは見放されてしまっているということがわかります。
 聖母教会が異教徒に厳しいということは他の人物の処遇を見ても明らかですし、教会が認めた人物であっても「母なる神以外」への信仰が過熱すれば規制される恐れもあったと思います。(※)
 あるいは教会にとって重要な存在の、エングラシアの死を防げなかっただけでも重罪だったのかもしれません。

 (オリーブという果実自体が宗教的世界観においてオーソドックスなモチーフなので、私が色々混同している可能性もあります。)


=(※2023/3/19追記)=====

 先日調べものをしていたところ「ブラスフェマスの『母なる神』とは全く別の信仰対象ではなく、各地の教会を総括するような『母教会』という意味である」という旨の考察を見かけてなるほど!と思いました。
 また『母教会』という単語自体、意味が複数ある単語だとも知りました。(上記の意味の他に「自身の生まれた際の教会」「自身が籍を置く教会」等々…檀家みたいなものかな?とも思いますが、宗教的知識や文化に関して私は無学のため、各々調べてみてください…)

 それを鑑みると、上記の取り消し線部分は「聖母教会から極端に逸脱した地元の教会が力を持つことを良く思わなかった」という方が正しいですね。

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 エングラシア本人の話に戻ると、『サエタ・ドロローサ』で語られる内容が彼女の嘆きの正体であると思われます。
 あなたの代わりとなれるなら苦痛も受け入れるという内容の祈詞ですが、「あなた」とは誰のことなのか示されていません。しかし誰かの苦痛を己の痛みとして受け取る、自己犠牲感に苛まれて亡くなったのだということだけはわかります。

 その献身の姿は死してなお人を惹きつけるのか、彼女の立派な墓の周りには樹木の体を持つ人々が集まっています(条件を満たせばジェミノも加わります)。エングラシアはPS4版トロフィーより「尾引く法服の淑女」とも呼ばれていることから、聖人として認められたのだと思われます。


 ※因みに悔悟者のロザリオを作ってくれる青白い女性はエングラシアでなく、ソレダットという人物です。
 ソレダットと彼女の背後にいる檻の中の人々は、おそらくエングラシアではない(非合法的な)ロザリオの作り手であり、聖母教会にとっての犯罪者だったため幽閉されたと思われます。
 ソレダット本人が語るように、彼女たちは罪人のため夢の向こう岸には渡れません。しかし民草の信仰を守るためにエングラシア亡き後、自身が罪人になろうともロザリオを作っていたのではないでしょうか。

 その行為もまた彼女の祈りであり、己の罪を重ねてでも信仰の文化、他者の祈りの手助けをするという一種の自己犠牲であるかもしれません。



『ソコロ』

 ソコロは刑罰を受ける囚人達の苦しみに胸を痛め、自分から彼らの苦痛を肩代わりしたいと願った女性です。

遠くから聞こえてくる悲鳴を昼も夜も聞き続けた結果、ソコロは思いやりのある、哀れみ深い人間へと成長していった。罰を受ける囚人のため、ソコロは一日中祈りを捧げたのだ。彼ら囚人が痛みや苦しみから解放されるように祈るだけでなく、彼らの苦痛をその身で代わりに受けられるようにと、彼女は奇蹟に祈り嘆願した。

『庇護の第二印章』伝承より

 この世界における囚人とは自らの悪行(あるいは無実の罪)により、罪を償うために過酷な痛みを与えられている人達です。
 そんな人々の痛みを肩代わりしたいという思いは、自己を顧みず自分の体や命を捧げてしまうという意味で、ただの同情・憐憫を超えたものだとわかります。エングラシアの「自身に対する無関心」にも共通して当てはまります。

 彼女は奇蹟によって「他者の傷を代わりに受けることができ、(苦痛はあれど)死なない体」となりました。
 しかしイベントを進行すると、結果的にその肉体を聖母教会に利用され、聖別軍の負傷等、囚人とは関係のない人間の痛みまで肩代わりさせられていたことが判明します。
(庇護の印章を持っているのはいずれも聖別軍の兵士である&彼女を見守ったクレファスが「彼女がその身を犠牲にして助けた魂たちはすでに夢の向こう側へと渡っています」と語っているため。)

 ですが一方でソコロ自身の心が折れていないのであれば、彼女はおそらく他人に利用されようが受け入れてしまうとも思います。誰かの痛みを自分が身代わりに受け止めることが彼女の望みであり、その対象は個人や所属を問わないでしょう。

 だからこそ、ティエントの祈詞にはテンチュディアが登場するのだと思います。
 テンチュディアは他のNPCイベントで語られている人物であり、棘の髪を持つ特異体質により殺され、遺体を打ち捨てられた少女です。
 彼女自体はソコロのイベントにも出ませんし、直接的な関わりはないはずです。なのでこの祈詞におけるテンチュディアとは歴史や物語の登場人物、ジャンヌダルクや人魚姫に近いかもしれません(時系列的には不明瞭ですが…)。
 
 もしあなたたちが苦しむならば、私の祈りの力で痛みの肩代わりをしてあげたい。傍にいたクレファスはテンチュディアの逸話を引用しつつ、ソコロの献身の精神を祈詞で表現したのではないかと思います。



 (この記事を書いていて思いましたが、実はエングラシアが心を痛めていた「あなた」とはソコロのことだったのかもしれませんね…。
 アルベロの真聖遺物教会にいたクレファスにまでソコロの叫びが届いたということは、エングラシアにも苦痛を受ける彼女の存在は知られていたのかもしれません。
 『ヴィア・ドロローサ』(ラテン語で「苦難の道」)という言葉がありますが、これはイエスが十字架を背負いゴルゴダの丘まで歩いた道を指しているようです。ソコロが身代わりとなった囚人たちも同様に、丘を登り刑罰を受けていたとされているので、その点でも繋がりがあるかもと感じます。)



 後編は真エンドで表れた「天の意志」に目を付けられ(?)、肉体と精神を捧げるよう仕向けられた人物について書く予定です。






【ブラスフェマス(blasphemous)テキスト @Wiki】 https://w.atwiki.jp/text_blasphemous/  ←こちらは公式フレーバーテキストをまとめています。よかったら見てね。