『夏がとまらない』藤岡拓太郎 「笑いの中に深みがある」と、分かってる顔つきで
このnoteは、まだ本を読んでいない人に対して、その本の内容をカッコよく語る設定で書いています。なのでこの文章のままあなたも、お友達、後輩、恋人に語れます。 ぜひ文学をダシにしてカッコよく生きてください。
『夏がとまらない』藤岡拓太郎
○以下会話
■どこか詩的なギャグ漫画
「笑える漫画か。そうだな、そしたら藤岡拓太郎の『夏がとまらない』がおすすめかな。大半は、バカバカしいナンセンスなギャグ漫画なんだけど、どこか詩的で穏やかな懐かしい空気感が流れているんだよ。
『夏がとまらない』は、2コマで完結する漫画が1ページに1話ずつ描かれているんだよ。2コマしかないから、一瞬でお話は終わってしまうんだ。だけど藤岡さんが描く「笑い」は、ナンセンスを急に突き出すような世界観だから、2コマならではの疾走感がマッチしているんだ。藤岡さん本人のnoteで作品を公開しているからぜひ見てみて欲しい。
■けったいなおじさん達
おもしろい作品ばっかりなんだけど、中でも気に入ってるのをいくつか紹介するね。
「藤岡拓太郎の公式サイト『夏がとまらない特設ベージ』」より
いやー面白い。めちゃくちゃ面白い。自分の名前を叫ぶおじさんは、ギャグ漫画としてストレートに面白くて、唐突に愛していると言う旦那は、ほっこり面白くて、手でキツネを作るおじさんは、シュールで穏やかな面白さがある。
藤岡さんの作品には昭和の空気が漂う、けったいなおじさんが出てきて、その危なっかしさと懐かしさが不思議な笑いを生むんだよね。
多分だけど、藤岡さんは、絵じゃなくて、まず文章で作品を考えていると思うんだ。というのも、藤岡さんの作品は、タイトルと漫画がワンセットになっているのが多いんだ。タイトルという短い文章が既に読み応えのある作品になっていて、その文章を下支えする役割として漫画が描かれている気がするんだよ。
新聞に載ってるような4コマ漫画は、タイトルなんてほとんど必要なくて、4コマを追っていけばその漫画の意味が分かるよね。だけど、藤岡さんの作品は、タイトルという短い文章が既に読み応えのある作品になっていて、漫画がそのタイトルを補足しているんだよ。
■自由律俳句のような漫画
多分、藤岡さんは自由律俳句(五七五に縛られずに作る俳句)が得意なんじゃないかなって思うんだよ。『夏がとまらない』はあくまで漫画集だから、それぞれの作品のタイトルは漫画とセットになっているよね。だけどタイトルだけを切り離して、語句の切れ味をよくしたら、「タイトルだけ」でも作品になると思うんだ。つまりそのまま自由律俳句の本にできると思うんだよね。
例えば、
見よう見まねのコイントスをしたばかりに
喧嘩しながら二人乗りしている
転んでも泣かなかった子供と目が合う
というタイトルの作品も2コマ漫画で描けそうだよね。
これらは又吉直樹とせきしろさんの俳句集の『カキフライがないなら来なかった』に載ってる自由律俳句なんだ。自由律俳句は、誰もが経験するような体験を、誰もがしない切り口で描いた俳句なんだよ。自由律俳句を詠むような姿勢が藤岡さんの作品には読み取れるから、ただのギャグ漫画で終わらない、どこか懐かしくて暖かい雰囲気が流れているんだと思う。
■2コマ以外の作品
ギャグ漫画家の作品集を、「笑える」じゃなくて「詩的で良い」って褒めるのは、作者の本意ではないかもしれないけど、それでも雰囲気が良すぎるんだ。2コマ以外の作品もいくつか載っていて、その中でもこの二つがいい味出しているんだよ。
なんだろう。この優しさと面白さが共存したニューヒーローのような作品は。相撲を勧めるおじさんとそれに応える少年は、どちらもとっても素直でなんの嘘も無いから、この少ない3コマだけで二人の人となりが伝わる。プリンになる少年も、僕自身こんな経験していないはずなのに、小学生になって追体験できちゃうんだよね。
■それでも買いたくなる本
これまで紹介してきたように、『夏がとまらない』に載ってる漫画は、ほとんどが藤岡さん本人がネット上に公開しているんだよ。だから作品自体は本を買わなくても読めちゃうんだよね。だけどどうしてか、買って手元におきたくなるんだよ。ただ面白いだけじゃなくて深みがあるから、何度も読み返して、飴玉のようにコロコロと口の中で転がしてじっくり味わいたくなるんだ。
今年の夏は色々制約があって、例年通りの夏が送れないかもしれないけど、『夏がとまらない』には、太陽が眩しくて、扇風機が涼しくて、スイカが美味しい、いつもの夏があるんだ。お気に入りの作品がきっと見つかるからぜひ読んでみて。」