UXは「一つの方程式」でシンプルに表現できる
どんな事業/サービスにおいても、UX(ユーザー体験)が重要であることは今さら言うまでもないでしょう。
しかし、「UX」を抽象的な概念のまま捉えていると、その言葉を使う人同士でイメージが揃っていなかったり、過度に複雑な理論も多く登場しているため、どうUX改善に取り組んでいけば良いのか混乱してしまっている人も多いのではないでしょうか?
UXの質を測る手法や指標は多数存在しますが、私は突き詰めると以下の1つの方程式でUXというものを表せると考えています。
u(便益)とは、ユーザーがプロダクトやサービスを使用することで得られる具体的な利益を指します。例えば、生成AIを使ったライティングツールであれば、生成される文章によってユーザーが仕事を効率化するなどの恩恵がそれに当たります。
e(情緒価値)とは、製品やサービスがユーザーの感情に与えるプラスの影響を指します。例えばサービスが親しみやすいメッセージでユーザーと接していたり、視覚的な魅力やデザインの洗練度、サービスブランドのイメージなどがこれに影響します。
f(フリクション)とは、ユーザーがサービスを使う上で体験する障壁や困難を指します。具体的には、特定のタスクを完了するための所要時間の長さ、必要なステップ数の多さ、エラー率、また注意深く考えることを強いる認知的負荷などの総和がユーザーにとってのフリクションとなります。
サービスのUXを改善する上では、まずu(便益)の最大化とf(フリクション)の最小化に取り組み、その上でe(情緒価値)の最大化にも徐々に着手していく、という進め方が理想的です。
正直、この方程式でUXというものを捉えられれば、プロダクトマネージャー・サービスデザイナー・グロース担当としてのレベルは一気に上がると思います。
この数式に基づいてUXデザインのポイントを、2月に出版した書籍「生成AI時代を勝ち抜く事業・組織のつくり方 」の中で紹介している生成AIサービスの例を用いながら解説します。
フリクション(f)を最小化してサービスの便益(u)を確実にユーザーに感じてもらえるようにする
まずUX設計において考えるべきは、フリクション(f)を最小化してサービスの便益(u)を確実にユーザーに感じてもらえるようにすることです。
多くの人にとって、初めて使う生成AIサービスでどこまでのことができるのかのイメージは湧きにくいです。そして、どんな便益を得られるサービスか分からない状態で、わざわざ複雑な操作をしてサービスの真価を試してみようと考えるユーザーは少ないでしょう。
そのため、生成AIサービスにおいてはメイン機能の画面において、どういったことができるのかを提示するための具体例、テキスト入力型のサービスであれば入力プロンプト例をいくつか提示してユーザーがすぐにサービスのコア体験をできるようにすることが重要です。
例えば、Google版ChatGPT的なサービス「Bard」や、質問に対してオンライン検索した内容を元に回答を生成してくれる「Perplexity AI」のように、入力例をクリックすると実際にその入力例に対する回答が生成されて表示するような体験がまさにそれをうまく実現している例です。
そうすることで、ユーザーはまだ使い方に習熟する前から、AIが高度な回答を返してくることに感動する「WOW体験」を得られ、サービスの利用に対して前向きになってくれます。
インプットするフィールドが複数あるような、入力が複雑なサービスにおいては、UIデザイン生成AIサービス「Uizard」のように、「Try example」といったボタンを用意し、1クリックするだけで生成のために必要な要素の例が埋められるようにし、とりあえず生成のWOW体験を届けるのも手です。
多少フリクション(f)を上げてでも、便益(u)と情緒価値(e))の総和を最大化する
UX水準を決める要素となる3要素は互いにトレードオフの関係になることもありますが、重要なのはそのバランスであり、便益(u)と情緒価値(e))の総和が十分に高ければユーザーはある程度のフリクション(f)があってもそのサービスを満足して使用してくれます。
生成AIサービスの例で説明しましょう。
複雑なアウトプットであればあるほど、一発のプロンプトでユーザーが求めるアウトプットが生成される可能性は低いです。
そこで、AIが成果物を生成する中で、途中段階でユーザーの希望する方向性をヒアリングし、段階を踏んで最終的なアウトプットをつくるようにするUXも、理想とのミスマッチを避ける意味で有効です。
上述のリサーチAIツール「Perplexity」では、テキストボックスに知りたいことを入力すると瞬時に関連する30記事ほどを読み込んだ上で、ユーザーが特に気になる情報を問うチェックボックスを提示してくれます。
そして、そのチェックボックスに回答することで、ユーザーは興味関心とのズレの少ない回答を手に入れることができます。
また、プレゼンテーション生成AIサービス「Tome」では、「◯◯についてのプレゼンテーションをつくって」という形で指示をすると、まず下図のようにタイトルと章立てという粒度で生成してくれます。
その段階で編集や並び替えをすることで、ユーザーの理想形に近いアウトプットを生成しやすくしています。
このように、あくまで重要なのは、「u+e-f」の総和であり、トレードオフ関係の中で適切にフリクション(f)を上げる判断をしつつも、その総和を上げていく、という思考がサービスのつくり手には求められます。
まずは工数のかからない形で、情緒的価値(e)を上げていく
多くのサービスはまずはユーザー便益(u)の最大化と、フリクション(f)に注力すべきです。なぜならそれらの改善効果が高く、かつ明確に正解があるので「改善施策をハズしづらい」からです。
しかし同時に、UXの方程式の加算要素である情緒的価値(e)も、UXを磨き上げていく上で無視できない要素です。
AirbnbやSlackなどのサービスが好きな方は、その使いやすさに加えて、「心地よさ」も好きなポイントなのではないでしょうか?
Googleの「Doodles」も、情緒的価値(e)を高めることでプロダクトへの求心力を高めている良い例ですね。
成熟したプロダクトでない限りは、情緒的価値(e)の向上にフォーカスした施策にリソースを割くことは難しいため、いかに少ない工数で情緒的価値(e)を高めるかが鍵になります。
そのために、まずは「サービスがユーザーに語りかける口調を工夫する」ところから始めると良いでしょう。
生成AIサービスの領域では、Microsoftの「Bing AI」の例が挙げられます。
Bing AIに何か質問をすると、それに対して機械的な口調で答えるのではなく、「!」マークや絵文字を使って楽しげで親しみのあるトーンで回答してくれます。
工数としては裏側のプロンプトで口調を指定する程度ですが、これによりユーザーは対話型AIとのやり取りをよりポジティブな体験として捉えることが可能になります。
まとめ
以上のように、ユーザー体験の方程式にもとづいてユーザー便益(u)と情緒価値(e)を最大化し、フリクション(f)を最小化するという思考が、サービスづくりに携わる人にはとても重要です。
また、現在は生成AI技術を使って今までは不可能だったようなUXの磨き方が可能になっているので、生成AIによって可能になった新たなユーザーインタラクションを積極的に駆使しながらユーザー体験の総和を向上させていくという考えがこれからは求められるでしょう。
こうした生成AI時代のサービスづくりに興味を持たれた方は、拙著『生成AI時代を勝ち抜く事業・組織のつくり方』をぜひ読んでみて下さい。
本noteで紹介した「UXの方程式と、それを活用したUX改善のポイント」をより詳しく解説するだけでなく、「今後UXの在り方自体がどのように変化していくか」などについて解説しています。
ぜひプロダクトづくり/運営に関わる方はお手に取って頂けますと幸いです。