加地慶子
タロウさんの里親さんは見つかりましたか、とドッグトレーナーの梅木からメールがきた。まだ見つからないと返信したら、紹介する人を連れて行くと言う。 紹介だからまだわからない。それでも、私には希望である。タロウを殺さなくていいかもしれないのだ。 梅木にはときどきタロウの散歩を頼んでいる。彼女はベンツできて30分散歩させて帰るのだが、キッチンのカウンターにリンゴやフルーツゼリーを置いていることがある。外出から帰るとそれを食べてわたしは疲れを取る。癒やされた。 タロウの散歩をメ
LPガスの配送車がきて外壁辺りで音がする。高さ1メートル余のLPガスボンベ2本が置かれ、1本ずつ交換していく。ガスの量は店舗でわかる仕組みのようだ。 外で声がする。なにを言っているかわからないのでわたしは窓を開けようとした。またなにか言って窓を開けるなということらしい。玄関へまわると男が透明ガラスの外にいる。この玄関扉は初め、透けてなかった。外が見えるように透明に替えたのである。 「蜂スプレー、ありますか」 咄嗟になんのことかわからない。 「窓の下に蜂の巣があります、
母の代わりに私を育てた叔母が入院したのは突然だった。具合が悪いというようなことは聞いたことがなく、ぐずぐずしていたわたしのほうが「若いのになに」と叱咤されるほどの元気ぶりであった。 それがいきなりの入院で、たとえば近所のクリニックに通院して薬を大量に飲んでいるとか、調子が悪いのでどこか大学病院で検査しようかとか心のトレーニング期間があればもっとましな対応ができただろう。 駆けつけるにも犬を預けなければいけない。急ぎ、友人たちにlineやメッセンジャーで犬を貰ってくれる人
■ 前回まで 散歩中に犬のタロウと心中しようかとふと思った。犬が可哀そうだからではない。そのとき自分が世界に一人放り出された感覚が細い線になって体を走ったのだ。自殺者はこういう感じになって逝ってしまうのかとそのとき気づいた。 犬は彼がもらってきた。私が拾ってきたのではない。8匹のきょうだいはもらわれ、タロウは最後の1匹だった。7匹は好まれてもらわれたのにタロウはもらってもらえなかった、そこに彼は同情したのかどうか。 彼の犬 #3 8匹生んだ母犬は野良犬だった
前回までのあらすじ 犬のタロウを散歩させているとき、 ふいに、犬と心中しようかと思った。自殺する人はこんなふうに、ふいにそうなるのだろうと思う。周囲の人たちが急に引いてかつての親切もいっときのもの。結局一人捨てられたという感覚が刺さる感じ。 彼の犬 第2回 犬を連れてきたのは彼である。8匹生まれ、7匹は里子に貰われていった。1匹残された仔犬を、知人に呼ばれて見に行ったら可愛くて貰ってきた。 「一度抱っこしたらダメだね」 「抱いたの? 抱いたらダメだよ」 見るだけで、
彼の犬 1 林の中のいつものコースを歩いているときふいに浮かんだ。 タロウと心中しようか? なにか行き詰った感じがあってそれでいいような感情があった。 波は小さく、静かで事の重大さにふさわしくない軽さに、刺すような静謐が走る。なにも心中しなくても動物病院の女医さんに頼み、さくらを眠らせたときのようにタロウを注射でと思う。 一つ違うのはさくらは持病のアレルギーで病んでいた。獣医師が安楽死を提案したのであり、タロウはまったく病なく、元気なのである。 まだ9年ある