山賊の後輩が就職した話
「そもそも君、働きたくない…?」
当時お世話になっていた美容師さんがハサミを手にそう言った。
時期だけで言えば、就活真っ只中の学生だった僕がその話題でいくら話しても要領を得ない返事しかしなかったからだ。
冒頭の質問が来てようやく僕は
「そうなんです!実を言うとホントにそうで!!」
と力一杯返事をした。
美容師さんはあっさり言った。
「ダメだよ、男は一生働かなきゃ」
「僕、就職が決まったんですよ」
そう言うのは山賊の片割れの賢しい方、
山賊達にシューティングに誘われ乗り込んだ迎えの車の中だった。
奴の次のセリフはきっとこう、
「これで僕は正社員なんです。先輩より堅実に稼ぐ身分なんですから敬ったらどうです?」
…とばかり思っていたが、実際はこうだった
「いや、もう本当にイヤなんですよ僕……、なんで内定なんてよこしたのって感じ」
賢しい方の山賊とはかれこれ6年近い付き合いになるが、
初めて見る弱々しい姿だった。
「おい、やれんのか〜!?」
シューティングレンジでの初めてのシューティングにテンパる僕に山賊のもう一方の強かな奴が発破をかけてくる。
昔から初めてのものや知らないものには腰が重い性分だが、大人になってそんな自分と戦える様になった。
こうして銃を携え立っているのは、
これまで自分を支配していた惰性へのささやかな抵抗、
初めてのことに戸惑う僕に対する山賊達の甲斐甲斐しいサポートあってのものだった。
「やれるとも!」
ご自慢の声を活かして舞台役者の如く朗々と返す。
「ふーん」
強かな方の山賊は生返事、この野郎。
開始のブザーが鳴る。
目が回りそうになりながら的に向き合い引き金を引いていった。
「ナイス!良いんじゃない!?」
撃ち切るとしっかり健闘を讃えてくれるあたり、
イジりともてなしのケジメのしっかりした奴である。
「今日のことnote書いてくださいね」
帰りの車で山賊達が口を揃えてそう言う。
かつて「よくもnoteに書いてくれたな」と言った口で言う言葉だろうか。
(しかしそう言われて、やれやれと帰りの電車で筆を取っているのだから僕は良い先輩だと思う、本当に)
そうして1日の終わりが近づいてきた頃、
賢しい方の山賊の様子がおかしくなり始めた。
彼は明日からついに始業、
堕落と甘美、そしていたずらな可能性だけがあった無職生活が終わるのだ。
「やだもう……、ホント助けて」
「先輩、俺を雇ってくださいよ」
「俺、プリキュアになろうかな…」
そこにはいつもの罵倒から見せるカミソリの様な切れ味がない。
「内定もらってから気づいたよ、根本的に働きたくねーんだよ俺は…」
続く言葉にギュっと胸が痛んだ。
そりゃほとんどの人間は働きたくないとは思うが、
世の中には本当に働くことを受け入れられない人がいる。
これからおじいちゃんおばあちゃんになるまで(下手したらそれからも)働きっぱなしということに本気で絶望する人がいる。
賢しい方の山賊が優秀な人間であるのは知ってたから、ついつい内定さえ決まればと思っていた。
だが、彼もまた冒頭の美容師さんの言葉に苦しむ人だったのだと痛いほどに感じた。
途中で立ち寄った僕の奢りの回転寿司で、彼の悲痛な姿を見ている内に同情から涙が出そうになった。
強かな山賊も親友の初めて見せる弱り方に笑うことを通り越して、居た堪れないといった様子だった。
足しにもならない気休めも、
無思慮な正論も、
かける気にはならなかった。
「やばいと思ったら逃げるんだよ。死んだらダメだからね」
そんなどこぞの少年革命家みたいな励ましが限界だった。
「なんでもするんで雇ってくださいよ?言いましたからね!」
賢しい山賊は帰り際にしきりにそう言う。
流せば良い話なのに、割としっかり考えてしまう自分がいた。
ただのお節介といえばそれまでなのかも知れない。
なんだったら山賊達とのこうした関係そのものを否定する輩もいるかも知れない。
しかし、そういう奴らこそ無思慮な正論を人にぶつけてしてやった気になる奴らなのだと僕は強く思う。
だったら自分が価値を信じる者達がありたい様に生きることが出来る場所を作り出すことが、
そういう「正しい大人」へのささやかな抵抗になるかも知れないと思うのだ。
僕の在り方が「正しくない」のならなんとでも。
こちとら山賊の頭目をやっているんだ。
あなた方が「正しさ」にふんぞり返っている間に、
僕らは誰も手にできない宝を手にする。
…と、そんな壮大に啖呵を口に出して切るのは小心者の僕には出来なかったので、
「あはは、いつかね」
とあたり障りなくヘラヘラしながら車を後にした。
「27にもなって何やってんだろ…」
駅からの帰り道、
酒に弱いくせに缶チューハイを買って飲んだ。
フラフラする足取りで、
でも何かが変わった心持ちで、
家路につく深夜0時。