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ハッピーセットの片割れは。

たった5分。されど、5分。

君にとってはほんの少しで、私にとっては十分すぎる時間だった。
今になってわかる。その時間を、5分間を、きっと私は愛していた。


*****


君と、ハルと初めて同じクラスになったのは小学校3年生の頃だ。

ハルはうちの兄貴と仲が良かったから話したことがないわけでもなかった。なんなら家に来て一緒に遊んだことも何度かあった。
私の中ではその時から友達ではあったけど、ハルにとって私は友達の妹。でしかなかったらしい。

2年間、勝手に片思いしていた。


変わったやつだな、と思った。

ハルは真面目だった。友達の家のテレビで真剣に天気予報を見る子を私はハル以外しらない。

淡々と的確に突っ込んでくる。少し高めの声には、なまりも抑揚もあまりなくて、たまにSiriと会話してる気分になった。知識も豊富でツッコミもできるのに運動だけは全くできない、人間臭いSiriだった。

そんなハルは根っからヲタクで、推しの話になるとテンションがぐんと上がる。休みの日は誘わない限り部屋の外には出ない。食事も最低限。そんでもって夜行性。


変わったやつだな、と思われていた。

父が函館、母が福岡出身の私は、クラスでも1・2番目になまっていた。純粋な北海道なまりなんかじゃなく、語尾なんかは福岡くさい。語彙力もそこまでないくせにおしゃべりで、時々なに言ってるかわかんない、らしい。

頭の回転は早いのに、それがボケなんだか天然ボケなんだかわからない言葉を連発。運動できそうな見た目なのに、私と同じでできないし。突っ込みどころが多すぎるんだわ、とのこと。


長くはない髪、小柄な体型、メガネ。
そっくりな見た目からお互いがお互いに何度も間違われ、お互い傷つき、そんな話をしてよく笑った。

真逆なようで、似ていて。
共通の趣味も何もなかったけど、親友で、ライバルで、他人だった。そんな関係だった。


最初はちゃんと、「一緒に帰ろっ」と声をかけていた。

学校から家の近かった私はいつも一人で帰っていた。意味がないからだ。一緒に帰ったところで5分間という短い時間は何も話が盛り上がることなく終わるからだ。

やっぱりあの時、寂しかったのだと思う。

なぜだったかは覚えていない。小3、ハルが一緒に帰ってくれた。

最初は「一緒に帰ろっ」が必須だった。そりゃお互い用事だってあるし、一緒に帰る相手だって選びたい。そんな毎日が過ごせるようになった。
5分じゃ話が盛り上がらない、とさっき書いたが、正直私とハルの会話は盛り上がらない。いい塩梅なのだ。言ってしまえば、お互い他人にそこまで興味がない。小学生にしては大人びた人間だった。それでも、その時間が必要だった。

小4になれば、声掛けがなくなる。
先生の「さようなら」のタイミングで目を合わせる。そして、右手で小さくグットをつくる。ハルもグットをつくれば、本日の契約が成立する。

そこからしばらく、クラスが離れていた。
でも、一緒に帰った。早く終わったクラスのほうが廊下で相手を待つ。言わずともできたルールは小学校を卒業するまで続いた。

私とハルはハッピーセットと呼ばれるようになっていた。
どっちかと一緒に帰りたければもう一人おまけがついてくる。ほしいものだとしても、いらないものだとしても。

中学生になったもののクラスは離れた。
通学路が変わった。どっちにしろ5分であることは変わらなかったけど。

そこで私はハルと同じ部活に入った。美術部だった。
何も言わずに一緒に帰った。どっちかが遅れれば早くしろよ、みたいな。「一緒に帰ろっ」とは言ってないだろと言いつつ、いつも待っていた。
3年間、毎日部活に行った。ハルは生徒会に入ってたまに来れないときもあったけど。私は暇だったので副部長をやった。

部活を引退しても、できるだけ一緒に帰った。中3の1年間、運よく同じクラスになった。別の高校を通う私たちのハッピーセットな関係は中学を卒業するまで続いた。


*****


なんだか長くなってしまったが、ある日の午後5時40分からの5分間を書こうと思う。

中3の冬、部活は引退したものの高校入試関係で居残り勉強だったり、面接の練習だったり学校に残ることも多くなっていた。

「疲れた。眠い」

「疲れてないで眠くない日なんてあったことあるっけ?」

「ない」

「なら言わないでよ」

この会話なんて何度したことだろうか。基本的に私の一言目から始まる。空に向かって吐く、白くて何もない、たばこの煙のような愚痴である。

「さっむいね」

「すぐ家につくでしょうが」

「ハルは頑張って歩いてね」

「腹立つなぁ」

私と2人で帰るということは、ハルは私と別れた後に1人で帰ることになる。一人の寂しさを紛らわすために、私はハルを一人にさせた。
今なら、謝れるだろうか。

地面はツルツルに凍っていて、まつげは凍るほど。ポツンポツンとある街灯は、私だけの通学路になる直前までで、そこから先は暗い。

「もうすぐ卒業だってよ」

「長かった?」

「いや別に。」

「私も。なんか、ね」

その先の言葉が言葉にならなくても、私にはわかっていた。そのなんかの正体は希望であり、寂しさであり、5分先の孤独でもある。

「実感ないんよな。まだ心は小学生だもん」

「それはそれでマズイよ、ちょっと」

「あぁ~何にも考えないで雪合戦したいなぁ」

「かけてやろうか?雪」

「大丈夫。」

「ほらぁ、見てみてぇ、雪だよぉ、ほらぁ」

「うわぁ、雪だぁ、あははは」

小学生に戻ったみたいに積もったばかりのサラサラした雪をふわっと投げる。ふざけて変な声を出すもんだから喉を傷める。そして雪が靴と靴下の間に入る。
その瞬間に2人ともテンションが下がって、スンっともとに戻る。

5分。会話は早いペースで切り替わる。ほぼショートコントの詰め合わせである。そんなつまらない毎日を6年間続けたのである。

「あのさ、」

「うん」

「なんで遠く行くの?やっぱ勉強したいから?」

「なんでやろ。それもだけど。好きってこともあるけど。なんか、その、出なきゃダメって思ったのと。楽だから」

私とハルは違う志望校だった。私は遠くの街の学校で専門的なことを学びに寮生活。ハルは地元にあるたった2つの高校のうちの1つ。一緒に帰ろっ、なんて言えば、車で3時間以上かかる。

私は成長したかった、のだと思う。出なきゃダメ、というか、このままじゃいけないという気持ちだった。このまま、このままいれば。未来の自分が見えなかった。だから、推薦で遠くに行こうと決めていた。

「やっぱ、びっくりした?私が遠くに行くこと」

「しないよ、だって。あんただもん。」

「何それ。なんだと思われてんの?」

「なんなら海外にでも行くのかと思ってた」

「さすがにそこまではできんわ。200kmで許してよ」

「そのときは英語で電話かけるよ。Are you hungry?って」

「Yesとは答えると思うけど、私バリバリ日本にいるし、北海道なんよな」

なんだかほっとした。内容のないつまらない一言が心を軽くする。夜空に白い息だけが取り残されている。

「なんでハルは出なかったん?逆に」

「面倒くさいから」

「だろうとは思ったよ。隣町ぐらいは行けるのに」

「朝5時起きでJRで1時間はきつい。それなら家で寝てたいもん。それにお兄ちゃんいるし」

「そっか。それもそうやな」

ハルは頭がいい。普通に進学校に行けるレベルだ。
それでも教育格差というものが田舎には存在する。高校は地元に2つしかなかった。進学校なんかじゃない、普通の公立校。同級生の8割はその2つに分かれ、残り2割は私のように寮生活をするか、隣町の進学校に通うことになっていた。

ハルらしかった。私は特にしたいこともないから、と。

もし、もしだよ?
そのしたいこと、見つけれる場所があるんだったら、私たちどうなってたんだろうね。一緒に帰ってたんだろうか。
そんな会話はきっと5分に収まらないので、口にはしなかった。

「寂しい?」

「ハルは?」

「別に。」

「私も。」

ふふっと笑う。
この嘘が私だけのものじゃないことを願う。いや、たぶんハルもそうだな。きっと同じこと思ってる。でも、5分じゃ収まらないので、言わない。

信号のない角を曲がる。あと2分。

「ねぇ」

「ん?」

「また空がオレンジ」

「そうね」

「なんで?」

「知らん」

もう月が昇っていて、星も見える。でも、空はオレンジ色になる。
たぶん北海道あるある的なことだろう。雪が降れば、空がオレンジになる。
太陽でもないのに、月明かりでもないのに。
なぜかは知らない。

「何回目だろうね、この会話」

「今年だけで3回はしたわ」

「ずっとしてるのに。小学校の頃から」

問題なのはそこで。この会話、というかこの謎は暗くなって一緒に帰るようになったときからずっとしてるのだ。毎回「なんでだろうね」となりつつ、お互い家に帰って調べたことがない。

「なんかさ」

「うん」

「私たちってそういう人間なんだなって」

「知らなくても困りはしないやん」

「だから、そういうとこ」

調べようと思ったことがないわけではない。
でも言わなかった。5分に収まらないから。
もし、この謎が解決したとして、この会話が終わってしまったとして。
私はそれが嫌だったのだと思う。すべて終わってしまう気がして。
だから、調べなかった。
(ただ本当に興味なかったってこともあるけど)

ハルの2個目の曲がり角に着く。ここから先はハルだけの通学路。まっすぐ行けば私だけの通学路。

「お腹すいたわ」

「Are you hungry?」

「Yes, I am、」

「今、言おうとしてたことは」

「『今日の夜ご飯なんだろ』でしょ?」

「あたり。ピッタリそろえてくるやん」

「そりゃ考えてることわかるもの」

「毎回同じことしか考えてないってことやん」

「ちなみに昨日も言ってたけど、何だったの?夜ご飯」

「えーっと、忘れた」

「そこは覚えておけよ」

「ふふっ、覚えられたらな」


「そんじゃあね」

「じゃっ」

3秒だけ手を振って、電灯のない暗い道を一人で進む。
振り返ってもハルはいない。

たった5分。されど、5分。

まだ謎は解決されないまま、オレンジ色の空が私とハルを見下ろしていた。

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