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旅の記録と石川県の記憶③ 〜天井の水面〜
金沢21世紀美術館で1番人気のアート作品
「スイミング・プール」の内部に行くのには、割と手間がかかる。
階段を降り地下道を進まなければならない物理的な
「距離」があるのはもちろんだが、
整理券をゲットしないといけないほど何時間も前から予約が必要だったからだ。
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この作品はアルゼンチンのアーティスト、レアンドロ・エルリッヒが
金沢21世紀美術館のために作った恒久展示作品で
大人から子供までが楽しむことができるアートだ。
プール上部には常に沢山の人が集まっていた。
整理券を手に入れて中に入るまでかなりの時間を要した。
スタッフの方に案内されて入ると人数制限もあるため
若いカップルが1組、お母さんとその子供2人、
そして僕、という計6人だった。
プール内部は静かで、気持ちいい。水が揺れて無限に形を変えていく
壁の模様が心を穏やかな気持ちにさせてくれた。
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カップルは写真を撮るのに夢中で、撮ってはスマートフォンを操作し、
撮っては構図を確認し、また撮る。
マスクを着けていない、はしゃぐ彼らを見て何故だかこのタイミングで
「ああ、やっとコロナが落ち着いたんだ。」と嬉しく感じてしまった。
お母さんと子供たちはキラキラと光が差し込む天井の水面を見上げていた。
大勢の人がこちらを覗いているから、子供たちはそれに向かって
必死に手を振っている。それがやけにかわいくて思わずニヤけてしまう。
お母さんもつられて見知らぬ誰かに手を振りはじめた。
何かを思い出したようにスマートフォンを取り出したお母さんは
2人の子供たちも一緒に写るように「さぁ、いくよ」と自撮りを始めた。
このプールの全体像が収まった方がいいだろうな、と感じた僕は
声をかけて3人を撮ってあげた。みんなリラックスした晴れた笑顔だった。
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僕もせっかくなので、記念に1枚撮ってもらった。
その時に内部に写る光が本当に綺麗で天井に顔を向けた。
誰かが手を振ってる。
おそらく外国人観光客だ。多分、女性。
僕も手を振って返す。
だがその人の顔は水面に揺られて、はっきりとは確認できない。
もちろん声は聞けないし、それは向こうも同じだ。
でも嬉しくなってまた手を振る。
再度、アクションが返ってくる。
誰だかはわからないけれど。
その時にハッと気付いたのだ。
そうか。これは、SNSじゃないか。
パソコンやスマートフォンのスクリーンを1枚隔て、
自ら発したアクションをどこかの誰かが受け取り、
「今、あなたのアクションをみました(聞きました)よ。それ、いいですね!」
と手を振るのだ。(その瞬間は)物理的に会うことはできないし、
同じ空間にはいない。
偶然見たページ(ここではプールの内部)を偶然通りがかった
(画面をスクロールした)人間が発見して応答する。
これはSNSのシステムによく似ているとその瞬間感じた。
「スイミング・プール」は2003年に作られた。
作者本人がSNSの登場を予期していたかどうかはわからないが、
知らない誰かとつながること、お互いの存在を認め合うことを
20年前から感じさせてくれる作品だったわけだ。なんて素敵な仕掛けなんだろう。
ますますこの作品が好きになった。
またここに来たい。そう思えた。
SNSが人を傷つける時代にもなっている。
本来の使われ方に反して犯罪にも利用され、
心を蝕まれてしまう人々も増えてきた。
どうかこのプールの仕掛けように
偶然出逢った人々が、スクリーン越しの人々がいつもいつまでも
笑顔で手を振りあえる世界であればいいなと願い、
地下道を泳ぐような速度で潜り抜けていった。
=続く=