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Are you happy?〈うみいろノートNo.45〉
「君は幸せかい?」と尋ねる人がいた。
夕暮れ時の新宿。山手線のプラットフォームには沢山の乗客が乗り降りし、息のつく間もない。
同じ時間、同じ環境を過ごしていても、人それぞれ感じ方は違う。
太陽が顔を出す空を嬉しがる者もいれば、雨雲に恋焦がれる者だっている。
通りかかった古いレコード店では1971年のジョン・レノンが愛を歌っている。オノ・ヨーコとの恋路には、恐らく世間には知られていない様々な感情があったのだろう。
生真面目に生きることに嫌気が差して、最初で最後の「斉藤さん」というアプリを利用したのは、僕がまだ就活生の頃の話だ。
「斉藤さん」とは、同時刻に「斉藤さん」にアクセスしているユーザー同士を無作為に繋ぎ合わせることで電話ができるアプリ。どちらかが電話を切らない限り、その時間はずっと続く。
その日、僕は第一志望先の最終面接だった。
結果は惨敗。将来の自分の姿を想像しながら日々準備をしてきた時間は、本番の緊張の波に飲み込まれ撃墜した。
恐らく来週の今頃には、気持ちなど1ミリも込められていない建前だけの文面が送りつけられていることだろう。
やり場のない感情は刹那的な姿へと変貌し、僕は「斉藤さん」のアプリを帰りの電車内でインストールした。
誰の評価も気にせず、誰かと繋がる。それは時に鋭利な刃物にもなるし、もしかしたら傷を癒してくれる人との出会いにもなる。
圧倒的に前者の可能性が高いのに、僕は慣れない軽いテンションで埋め尽くされているそのアプリにアクセスした。
「もしもし」
「君は幸せなの?」
電話口には僕より年下に聞こえる男の子の無垢な声。
もちろん、面識はない。ただ、その声は僕の心の棘を全て抜き取ってくれるような柔らかな響きを持っていた。
「僕の話を聞いてくれたら答えるよ」
期待などしていなかった。
でも、電話口の彼は訥々と話す僕の経緯に耳を傾けてくれた。
「それで今、君は幸せなの?」
結局はその繰り返しのわけなのだが、それは散々愚痴った後のセリフなのに苦々しい漢方と同じ効力を持っているようだった。
自分は今、幸せなのか。強く肯定はできないが、即座に否定されるものでもない。
こうして僕自身も参加している、白か黒しか存在しない世間の競争のように、乱暴に決めつけることなどできるのだろうか。
「分からない。幸せなのかどうか」
相槌の代わりに繰り出される、何気ない質問。
やり取りの意味すら考えずに、僕は初めて彼の質問に答えた。
「そう」
そうやって彼は押し黙ってしまう。その次に出てくる言葉など本来ないのだろう。
隙をついて時間潰しのつまらない質問を投げることだってできた。でも、そんなことに今さら意味を感じなかった。
「君の方は幸せなの?」
自宅の最寄り駅に到着し、ほのかに灯る家々の明かりをぼんやり見ながら最近相棒になったビジネスバッグと歩く。
いつも乗っているバスが横を通り過ぎる。遅くなった子どもたちの帰路。小さな自転車を飛ばし、闇夜を照らしだす賑やかな笑顔を振りまいている。
「僕のことはいいんだ」
彼には似つかない諦めの声に、僕はとっさに何か言いかける。
しかし、それは言葉にならずに喉の奥でつかえてしまう。
「幸せなら、こんな電話してないよ」
憂いが込められた声だった。
そうして、「じゃあね」と一転陽気なジャズマンみたいに別れを告げられた。
その日から、彼とは一度も話していない。
あれから4年。彼はまだ「斉藤さん」を使って、知らない誰かに同じ問いかけをしているのだろうか。
今、君は幸せかい。今度は僕がそう訊くからさ。
もし、まだ覚えてくれていたら、電話しようよ。
世間には知られていない、2016年の僕らみたいに。
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