僕らのサードプレイス
ストレスの多い現代人にとって、意識せずともそれぞれに“サードプレイス”と呼ばれる場所を持っているのではないだろうか。
アメリカの社会学者が説いた「第三の場所」という意味のサードプレイスは、自宅や職場・学校とは別の“居心地がいい空間”のことを指す。
生活の基本となるファーストプレイス(第一の場所)が自宅、平日の長時間を過ごす場所でもあるセカンドプレイス(第二の場所)が職場や学校のこと。それらとは別に、義務や必要性に縛られるのではなく、自らの心に従い進んで向かうのがサードプレイスというわけだ。
社会生活を営んでいる限り、どうしても自宅と職場・学校の行き来だけになってしまいがちだ。しかし、それでは社会のコミュニティが徐々に失われてしまう。そんな危機感がサードプレイスの提唱に繋がった背景があるようだ。
ほかにも、サードプレイスには日々のストレス解消やリラックス効果にも期待が寄せられている。特にコロナ渦になってからは他者との対面コミュニケーションが減ってしまったからこそ、ますますサードプレイスの必要性が増してきている。
僕にもサードプレイスはいくつかあるが、特に川のせせらぎを聴きながら歩けるお気に入りの散歩コースがあり、その小道がとても好きだ。青々と生い茂る木々を潜り抜け、風とともに自然を感じることができる時間はどんなものにも代えがたい。
そういった点では、ここnoteだったり、新海誠作品だったり、気心知れた友との時間もサードプレイスに当たるのだろう。幾重にも枝分かれした葉先ではなく、心に根差した根っこのように自らの心のままでいられる場所。これらこそ、僕を僕たらしめているのだ。
日々の疲労を十分にリフレッシュし、自宅や職場・学校での日常に戻っていく。そんな給水ポイントのような役目がサードプレイスにはあるように思える。
それは心の拠り所にもなる貴重な場所だ。もしまだ見つかっていないのなら、いっそのこと自らの好きなように決めてしまうのも手かもしれない。
止まり木で休めるからこそ大空を飛ぶことができる鳥たちのように、それぞれのサードプレイスがきっと僕たちの翼に力をくれるはずだ。
皆さんから大事な大事なサポートをいただけた日にゃ、夜通し踊り狂ってしまいます🕺(冗談です。大切に文筆業に活かしたいと思います)