岡山の来訪神②

 今回から「コトコト」「ホトホト」の個別の事例についてみていく。

来訪神・行事の呼び名

 呼び名には「コトコト」「ホトホト」「ゴリゴリ」「トラヘイ」「カイカイ」など様々なものがあった。
 この呼び名は訪問者が家の者に気づいてもらうための手段などとも関わってくることが多い。

「コトコト」と呼ぶ例

 岡山民俗事典では「コトコト」の呼び名は県中央部に分布しているとある。

秦は祝い事のある家の戸口へ一升瓶に水を入れて置き、コトコト音をさせて隠れておくと一升瓶に酒が入れてあった。子供には餅を入れていくれたり、時には五厘銭をくれた。

総社市史民俗編

 総社市秦の例である。
 コトコトというのは戸や縁側を叩く擬音であるようである。「コトコト」と呼ばれる場合、訪問者は言葉を発さないようにしていると考えられる。

「ホトホト」と呼ぶ例

 岡山民俗事典では「ホトホト」の呼び名は姫新線以北に分布しているとある。

銭つなぎ(三寸位)の綱をなってそれを盆にのせ、各家をホトホトといって訪ねてまわり餅をもらう。

岡山県の正月行事

 久米郡久米町宮部(現津山市宮部上・宮部下)の例である。

ホトホトと戸を叩いて物かげにかくれる。家々ではあらかじめホトホトに与えるための餅を用意しておき、これをお盆か三方・扇子などの上にのせて縁側に置くと、ホトホトが物かげからそれを取りにくる。

美作の民俗

 湯原町本庄・真賀(現真庭市本庄・真賀)・久米南町弓削の例である。
 ホトホトと言葉で発する場合と戸を叩く擬音の二つの場合があるようである。

「ゴリゴリ」と呼ぶ例

 岡山民俗事典では「ゴリゴリ」の呼び名は備中南部に分布しているとある。

十四日の晩ゴリゴリといって松竹梅を作り他家を訪ねて軒下に隠れてゴリゴリと戸をかなぐると家の者が餅をくれた。(井原市横島)

岡山県の正月行事

藁馬、一文銭を通す縄を重箱に入れ、家の縁を重箱で「ゴリゴリ」と音をたてる。(井原市平井字西平井)

岡山県の正月行事

大根を輪切りにして、松竹梅の小枝を立て重箱に入れて各家をまわる。「ゴリゴリを祝ってつかあさい」といって縁側の戸口に重箱を置き、熊手で雨戸をゴリゴリ音をさせて隠れている。

金光町史 民俗編

 「ゴリゴリ」は擬音であるようである。熊手などで戸をかなぐる、重箱を縁側でこするなど、「コトコト」のように戸を叩くなどといったものとは違う音の出し方がされている。
 また、「ゴリゴリを祝ってつかあさい」「ゴリゴリを祝うて頂戴」などの文句がある場合もある。

「トラヘイ」と呼ぶ場合

 岡山民俗事典では備中町でトラヘエというのは山口県とも同じで、タベ(給へ)からきたものという、とある。

新しい柄杓を持った子供が縁側をコトコトと叩いて、縁の下や物蔭に隠れる。家の主人が小豆飯を入れてこれを祝う。

岡山県の正月行事

 大佐町田治部畑(現新見市大佐田治部)の例である。
 トラヘイというのは訪問者の呼び名で、川上郡備中町安田(現高梁市備中町平川)では「トロヘーが来る」などとも言った。
 『美星町誌 通説史』には

ゴリゴリもトラヘイも同じことだという所と、ゴリゴリはこどもの行事で、トラヘイは貧しい人たちの物乞いだと思っている所がある。

美星町誌 通説史

とあり、訪問者の身分で名称を分けていた可能性がある。

「カユモライ」と呼ぶ場合

真庭郡南部・久米郡北部・苫田郡南部では、カユモライといい、若者・子供とくに厄年の人が変装して柄杓を持って家の戸口をこつこつと叩く。家々では小豆粥を作っておき、戸外からさし出す杓に入れてやる。

美作の民俗

 だいたい姫新線が通る津山市・真庭市の辺りの例である。
 小豆粥という小正月の縁起がいい食べ物を貰いに行く行事である。多くの場所では小豆粥を貰いに行く行事とコトコト行事は別であるが、ここでは一緒に行っていたようである。

その他の呼び名

 他には笠岡市真鍋島の「ジョンジョン」や、岡山市などの「カユカユ」「カユツリ」などがみられる。

来訪者の文句

 ゴリゴリで見た「ゴリゴリを祝ってつかあさい」の文句以外にもいくつか存在する。

西宮のおふく

加茂町では、昔はホトホトが「西宮のオフクが参りました」といって、家を訪れたという。

美作の民俗

 加茂町は現在の津山市である。
 オフクは正月の予祝芸能である「大黒舞」にも登場し、文楽においても西宮神社と関係が深い位置づけがされている。この文句は来訪神である西宮の「えびす」との関係が予想される。

ジョンジョンを持って来ました

笠岡市真鍋島では子供がセンダの木を切って、藁で三か所をくくって俵の形にする。この俵を持って、「ジョンジョンを持って来ました」とか、「初俵を祝うて来ました」とかいって、家々を回る。

岡山県史 民俗Ⅱ

 どうやら「ジョンジョン」というのは俵のことで、初俵を持ってくる豊作の予祝行事の面が強いようである。但し、真鍋島は漁業中心の地域である。

来訪者の呼び名を言う

トロヘイ、トロヘイと連発して物陰にかくれて待っていた。あるいはトロヘイ、トロヘイと縁側をたたいた。

岡山県の正月行事

正月14日の晩に近くの村から頬冠りした者が「ホトホト」と呼んで戸を叩いてまわる。

鏡野町史 民俗編

 高梁市備中町の例と鏡野町の例である。


 今回は来訪神・行事の呼び名と来訪者の発する文句について例を見た。次回は来訪者の身分などについて例を見ていく。