(執筆10年くらい前)六畳一間の冒険譚/七
第7話「まずは自分のことを自己開示してからだ」
※麻野(あさの)白雪(しらゆき)の扱いについては、視覚不自由者という設定にしております。
今作は「大学生ゲームサークルのだらだらなゲーム日常」です。目的としてはTRPGの面白さや難しさをお伝えできれば良いのですが、「会話」によって話が展開するTRPGも視覚が不自由な方にとっても楽しんでいただけるのではないか? ・・・という著者の思想もあります。
フィクションとして、ブチョーが白雪らとのかかわりで感じたことを書かせて頂こうかとは考えております。
もしも視覚などに不自由を感じておられる方が、ご家族やご友人にいらっしゃる方には、不快な思いをさせるかもしれません。
あくまで、フィクションとして書かせて頂くことをご了承くださいませ。
ーーーーー ーーーーー ーーーーー ーーーーー
三十分ほどのドライブの間シートベルトの食い込みに四苦八苦しながらも、僕たち「クリエイティ部」面々は蒼柳(あおやぎ)市の葉村崎(はむらさき)に無事到着を果たした。都市部からやや距離のある住宅街が麻野さんの住まいのようだ。
ナビがポ~ン、と鳴るたびに土地勘のある麻野さんが修正誘導をしてくれていた。そして、一軒の割と大き目の家の前にきたときに彼女が短く告げた「ここです」という一言にミニワンは停車した。
麻野さんは車庫の扉をスライドさせて、駐車しても良いことを示した。鮮やかなハンドル捌きで、バックも一発で決める遊上(ゆかみ)先輩。僕も免許は持っているが完全なペーパードライバー故にバックは苦手中の苦手項目だ。きっと壁にぶつけてしまう。ときどき遊上(ゆかみ)先輩が愛車の運転を僕にしてみろと迫ってくるが、丁重以上にお断りするようにしている。ぶつける確立大な上に、弁償できるような甲斐性もない。
「すみません。散らかっていますが、どうぞ」
『お邪魔します』僕と遊上(ゆかみ)先輩とツッキーは三様に立ち入りの挨拶を口にし、靴を脱いだ。玄関はかなり低く設計されていて、二十センチほどの高さが二段になっている。歩行面はフローリングではなくオフィスなんかでみられるパネルカーペット仕様になっている。また、見える範囲の壁面には総て手すりが施工されているし、角は危険防止用のクッション材で守られている。上階への階段も滑り止め用の低摩擦材が見えた。要介護状態の祖父母が同居しているのかともよぎったが、部室での麻野さんは「ほとんど妹と二人暮らし」と言っていたのを思い出す。
「麻野さん、もしかして妹さんは……」
僕の問いかけに、彼女は疲れたような無理な笑顔を浮かべて頷いた。
ギィ、ギィ、ギィ。ゆっくりと上階段が歪む音が降りてくる。
「お姉ちゃん、おかえり。早かったね……あ、お客さん?」
「うん、ただいま。大学のゲームサークルの先輩たちに送ってもらったの」
麻野さんは階段の半ばまで行って、妹さんに手を差し出した。間違いない。これらは妹さんに必要な生活補助具だ。
「妹です。ほら、ご挨拶して」
「はじめ、まして。麻野(あさの)白雪(しらゆき)です」
姉である麻野さんに体を支えられながら名乗った小柄な少女は、階下に降りてから会釈してくれた。顔立ちはあまり似ていない気もするが、体の預け方から信頼度の高さは見て取れる。
「初めまして。僕はお姉さんの大学の一年上の御手洗(みたらい)って言います。字は“おてあらい”って書きます。一応ゲームサークルの部長をさせてもらっています。よろしくお願いします」
「私は遊上(ゆかみ)です。学年は三年生よろしくね」
「えーと、俺は月森(つきもり)。ブチョーとおんなじ二年。ツッキーって呼んでくれていいよ」
ぎゅっ。麻野さんの服の裾を強く握る妹の白雪(しらゆき)ちゃん。顔を斜めに傾けて耳をこちら側に向けている。聞きなれない僕らの声に緊張しているのだろう。瞼は開いているが、焦点はどこか定まっていない。
彼女は、白雪ちゃんはおそらく……視覚障害を患っている。
◇◆◇◆◇
リビングに案内されてふかふかのソファーに腰掛けるが落ち着かない。僕の体重が重いから沈みこみすぎる所為もあるが、結構高級なソファーではないかと思う。ツッキーも遊上(ゆかみ)先輩も気にせず掛けていた。つい床で正座をしてしまう貧乏性の自分が恨めしい。
麻野さんはキッチンでお茶の準備をしてくれているようで、紅茶の良い香りが漂ってきていた。その間、妹の白雪ちゃんは僕らと同じリビングにいるが、彼女もそわそわとしているようだ。遊上(ゆかみ)先輩が爪先で背中の肉をつんつんしてくる。リラックスさせてあげろ、という合図のようだ。我ながら物分りがいい。
「えっと。白雪ちゃんって呼んでもいいかな?」僕の問いかけに、彼女は「はい」とか細い声を出した。麻野さんに対するものに比べて、三割は小さいがなんとか聞き取れる。
お互いに緊張していても始まらないし、まずは自分のことを自己開示してからだ。
「僕が初めてTRPGをしたのは今の大学に入ってからなんだ。ゲームサークル……クリエイティ部っていうんだけど、そこの先輩たちが本当にすごい人たちでね。そのときにはこの遊上(ゆかみ)先輩も参加してくれていて、とても忘れられないよ。ありもののゲームしかしたことなかった僕には衝撃的だった。もともとアニメとかゲームを分析するのが好きだったから、こっそりとノートに細かいデータとか設定つくってた。ツッキーに会うまでは友達らしい友達はいなくてさ。名前が名前だし“便器”ってからかわれてたんだ。見た目もデブだしね」
しばらくは中高生時代のひとり創作活動から今の大学での一年半の出来事を話し続けてみる。眉根に少し力が入っているが、ゲームに関する言語を織り交ぜることでほぐれていく。固く握りこまれていた拳も徐々に開かれていくし、ときおり噴出すこともあった。特に反応が強かったのは意外なことに、ノートに書き綴っていたという部分だった。
麻野さんが言っていた、引っ越した友達と一緒になってなにかを作っていたのかもしれない。
「……でね、今はツッキーと一緒に十年前のゲームを再構成(リ・メイク)しようとしているんだけどね。これがなかなか進まなくて。もしかしたら聞いたことないかな、クロノ・ヴィルっていうゲームなんだ」
「それ、聞いたことあります。原作はあらすじくらいしか知らないけど、小学生くらいにウォル×フレの小説も読んだことあります」
「あ、そうなんだ。一応僕らが作っているのは美少女(アドベンチャー)に分類されるものだけど、フレドもウォルフも出てくる」
「へぇ、すごい。あたしもやってみたい」
「うん。結構頑張っているつもり。できればフルボイスがいいんだけど、なかなか難しくてね。あ、モモのボイスはここにいる遊上(ゆかみ)先輩の声が理想なんだよね。先輩は元演劇部部長だから声は良いし、セッションしたときの台詞もすごくカッコいいんだ」
げしげし。笑顔のままで背中に蹴りの感触を受ける。ニュアンスから「あとで話しがある」ってところだ。
「大した物はありませんが、どうぞ」麻野さんが木製トレイを置いて、上品なカップとソーサーが四人分、シュガーポット、ミルクピッチャーが並べられる。そして、アクリル製と思われる専用の飲器が白雪ちゃんの前に置かれた。底には滑り止めのシリコンが付属している。蓋は多分、倒れても中身が零れない仕様のものだ。
白雪ちゃんは手馴れた様子で飲器を取り、口をつける。僕は彼女と、目の前に出されたカップをじっと見比べていた。白雪ちゃんの動作は視覚の不自由さを感じさせない。ただ、紅茶の注がれた器だけが違う。
遊上(ゆかみ)先輩は優雅で絵になるようにカップを傾け、ツッキーは舐めるようにチビチビとすすり、麻野さんは白雪ちゃんの様子を絶えず気にしている。
今日初めて会ったばかりの僕が思ってはいけないことかもしれない。
目の前の姉妹はまるで――――、
過保護な母親 と いい子を演じる娘。そんな風に見えた。