純情で順従
仕事を休んだ。
体調不良だ。
休んだのはいいが、気になるオープン時間に閉店時間。今日は何があったのだろうか。
本当に哀しいほどに仕事に取り憑かれている。
あーあ、今月のお休みのインスタ更新してできてないけど、お客さんは昨日困っただろうか。
この仕事できてないなと他の職場の人は気にしただろうか。
完璧にやり遂げた自分でないと、きっと認められないんだろうと、きっと存在価値がないんだろうと、そこまで思い詰める人間は私の他にどのくらいいるのだろうか。
体調不良のくせして、1日休んで何も喋らずにいたらもう喉の調子も治る、なんだこれ。
薬も飲んでない、うがいもしてない、龍角散でさえ1粒も。
何が原因の体調不良?思いつくのはこの"思考"が源のストレス。
完璧を求めすぎる故に
日々の仕事の中でも、少しずつ溜まっていく
『出来なかったこと』
それと抱える仕事の量 もう限界だ。
自分の許容量ってこんなものだったんだな。
このまま繁忙期を迎えるだなんて考えたくもない、人を幸せにする職業に着いた人間が自分さえも幸せに出来ないとはどんな矛盾だろう。
限界だと伝えていた『つもり』だったんだろうか。
人が人財こそ必要であるこの職、であるはずなのに辞めていく人が多いこの仕組み。
どうにかならないものかと思うだけだ。
突拍子もないアイディアを思いついたとて、
今の私にそんな行動力もない。
そもそもアイディアを考える余裕さえないのだ、虚しい。
人の求めるものが分かりすぎるから、このサービス業の世界では重宝される存在であると自負すると同時に、自己犠牲も伴って危うすぎる。
ある程度の仕事はできてしまうから、必要とされる、それで自分の価値を確かめる。
自分が犠牲になろうとそれでも、自分が自分でいるためには人に認めてもらうための自分でいる必要がある。
なんでこんな記事を書いているのか、私も分からない。
とにかく、
わたしは、
わたしが
なにがしたいのか。
わからない。
仕事に行くふりをして家を出て
なんでもないふりもして
誰にも何も言わず
でも、気づいてくれればいいな、なんて。
だから敢えて詰めは甘く。
何がしたいんだろうな、わたし。