「北のパラオ」になるように。

 パラオに行きたい。
 それは子供の頃からの私の夢で、一生に一度でいいから必ず実現させたいと思っている。

 私は、今は亡き祖母から、楽しかったパラオでの生活、パラオの美しさなどを聞いて育った。祖母の一家は、祖母が7才の時、昭和7年に当時日本が統治していたパラオに移住し、終戦で日本に引き揚げてくるまで住んでいた。
 パラオ松島と呼ばれる場所の美しさ、きれいな海に作られたプールで泳いだ話、いくらでも捕れるきれいな貝、なにを食べても日本で食べるのとは格段に違う、おいしいフルーツ。家ではお手伝いさんを雇い、当時高価だった洗濯機や船などを持っていてかなりいい生活をしていたことなど、祖母はパラオでの思い出をいつもにこにこ笑顔で話してくれた。
 終戦後、祖母の一家は日本に引き揚げてきて、同じくパラオなどから引き揚げてきた人達と、当時まだちゃんとした地名がなかった土地を与えられ、また一から土地を開拓しなければならなかった。再び入植者となった人達は相談の結果、自分達の新しい土地が「北のパラオ」になるようにと、北原尾と名づけた(注1)
 私は、祖母からまさに「南の楽園」であるパラオの素晴らしさばかりを聞いていたので、この命名にもまったく疑問がない。が、最近、たまたま見つけたブログで北原尾のことにふれ、「このように引き揚げる前に住んでいた土地の名前を開拓地につけるのは珍しい」と書いていたので、はっとした。

 もちろん、パラオでの生活は楽しい思い出ばかりではなかった。パラオでは作物もあまり苦労せずよくできたらしいが、割り当てられた土地がよくなく、農業がうまくいかずにパラオを離れた人もいたという。なにより戦争末期には、のどかな生活も一転、パラオでも激しい戦闘があった。
 祖母達も逃亡生活の中、虫がわいた水たまりに身を潜めたり、時にはかたつむりを食べたり(ただし祖母はどうしても食べられなかったと言っていた)、祖母の代わりに飲み水を取りに行ってくれた現地の人が目の前で撃たれたりと壮絶な経験をし、集団自決寸前までいったというが、収容所生活を経て日本に引き揚げてきた。
 そんな経験をしていてもなお、北原尾の人達にとっては楽しい思い出の方がまさり、パラオは永遠に第ニの故郷なのだ。祖母は死ぬ前にもう一度と一人でパラオを再訪し、他にも北原尾からパラオを訪問した人達がいる。
 ちなみに、前述した逃亡生活の話などを祖母が口にしたのは、私が高校生の時、課題で聞き書きをしなければならず、無理に頼んだその一回だけだった。いい思い出ばかりを聞かせたのは、当然孫への配慮もあったとは思うが、パラオのことを繰り返し語る祖母の笑顔は本当に楽しげで、優しかった。

 ところで、あまり知られていないと思うが、パラオは本当に親日的だ。日本の統治時代がよかったからだという。祖母に聞いた限りでは、現地民と邦人の仲は良好で、祖母も子供の頃は現地民と遊んだと言っていた。
 祖母が一時期南洋庁パラオ支庁に勤めていたことがあり、祖母の名前を探して南洋庁の職員名簿を見たところ、現地民の名前も並んでいて、一緒に働いていたことが分かる。
 そういうこともあって、パラオが独立した時に定めた国旗は、日の丸によく似た青地に黄色の丸で、日本への敬意がこめられているとも言われている。
 実際、こういう話もある。祖母達が日本に帰ることになり、引き揚げ船に乗り移るための小船に乗っていると、現地民が船で近づいてきた。日本は負けたので、もしや襲われるのではと心配したが、水代わりになるジュースが入ったヤシの実をたくさんくれたという。

 それから50年以上が経って、祖母がパラオに行った時にも、とある事情でつてができていたこともあるが、大歓迎されて本当になにからなにまで親切にしてもらった。
 それも、祖母が昔パラオに住んでいた日本人だからで、祖母がいきなり一人でいろいろな病気を抱えた身でパラオに行ったのもびっくりだったのに、パラオでの話を聞くほどに、私達家族はもう驚くばかりだった。
 パラオはダイバー憧れの地らしいが、こういう親日の背景や戦争のことなども知って欲しいなと思う。

 明日は長崎に原爆が落とされた日で、来週には終戦記念日を迎えることもあり、今回は幕末明治から離れて、こんなことを書いてみました。 

※この文章は、2012年8月にブログにアップした記事を加筆修正したものです。

 2015年に書いた、『日本を愛した植民地 南洋パラオの真実』という本を紹介したブログ記事もよろしければどうぞ。

注1 この文章を書いた当時、私は祖母達も日本政府の入植者募集(バベルダオブ島に日本人村が作られた)に応じてパラオに行ったのだと思いこんでいた。だが、この文章をきっかけにお会いした研究者さんとのお話しの中で、移住した時期やコロール島に住んでいたことなどから、政府の入植者募集とは無関係かも知れないことが分かった。

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