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わたしの心を締めつけるのは誰? ─6月の雨編①

はじめに

これは、きっと探せばどこにでもいる、22歳の派遣OLの
どうしようもない人生のお話です。

雨と、女心と

ある6月の雨の日。雨も傘も嫌いなわたしが、今日は張り切っていた。
そもそも傘なんて、小さくて脆いビニール傘と、奮発して諭吉さん1人と引き替えに手に入れた可愛いフリルがついたピンクの日傘しか持っていない。
もちろん極力雨に濡らすな、と注意書きがついていたお高い傘である。
けど今日は可愛く、女性らしくいたかったので注意書きを無視して日傘を持ち出した。

こんなに張り切っても行き先は職場。
どうせ制服に着替えるのでオシャレなんてしてもしなくても変わらない、
と言えばそうなのだが、今日は珍しく仕事終わりに予定があった。
わたしが密かに、ではなく、本人公認で想いを寄せる殿方とのディナーの予定だ。
その関係自体が少し一般的ではないような気もするが、一旦置いておこう。

その日は以前から話していたコメダ珈琲に行く予定だったが、前日になって気が変わり、「オムライスを食べたい」とわがままを言った。
彼は当然驚いていたが、「そんなこともあるよな」と快く承諾してくれた。

彼の思いはつゆ知らず、こちらは好きな男性とデートに行く心持ちなので、
日頃はスッピン、ダメージデニムにTシャツで出勤しているところを、
綺麗に化粧をして、最近流行りのマーメイドスカートに、宝石のような可愛らしいボタンがついたパフスリーブのブラウスで挑んだ。

いつも通りのストレスと、プラスアルファ

この日の午前中は会議があった。

この会社では月に1度、店舗毎に必ず役職のみで行う定例会議があるのだが、
最年少で派遣社員のわたしも、この狭い社会で1年半程で役職に就いたので、
10コ近く歳の離れた大人たちと毎月肩を並べて出席しているというわけである。

『役職だけの、みんなには言えない内緒話』
こんな要素が色濃いので、まだ小娘で、大人の黒い世界の存在を信じられないわたしには非常に刺激が強い。けれどその刺激がクセになり、ただ聞いているだけで面白いものだ。

しかし同時にストレスも溜まる。
一応「会議」なので「議題」があるわけだが、毎月ひとつは必ず、大人が話すのにはあまりにもくだらない議題が挙がる。
かといって相応な議題が挙がっても、結局不毛な争いが起こるので、
「こんなの、わたしが高校生だった時に運営していた生徒会の会議の方がよっぽど有意義だろう」と、つい大人たちを見下してしまう。
毎月会議がある日はこうやって、午前中を学級会ごっこで食い潰し、他のスタッフからのフラストレーションを溜めている。

それでも今月の会議はいつもに増してひどいもので、全員機嫌が悪かった。
そんな小さな大人たちを見て、わたしもいつも以上にストレスを感じていた。
わたしたちはどうして同じ方向を向いて話ができないのか。
悲しさにも似た感情すら湧き上がってきた。

それでも「この数時間を越えれば、待ちに待ったディナーに行ける!」
そうやって精神の平穏を保つことにした。

取り繕うわがまま

2回目の休憩時間、例の殿方と休憩が被った。
休憩室のソファにだらしなく座り、そろそろ待受変えようかな?とSNSを見漁っていたわたしに、彼は居酒屋のホールスタッフの挨拶のような「お疲れさまです」を掛けてきた。
いつも通り、ただの後輩としか思ってませんよ、といったような冷めた態度で挨拶を返す。

『今日。オムライスでいいの?』
一呼吸置いた後、彼は至極当然のようにタメ口で話しかけてくる。

「あ〜…」
少し考えるわたし。

オムライスが大好きなのでオムライスだって全然良いんだが、元々コメダ珈琲に行く予定だったからスイーツを食べたい気持ちもあった。オムライスならラケルに行こう、と言われていたが、ラケルにはとても美味しそうなフレンチトーストがあったはず。だからすべてを踏まえたとしてもラケルだって全然いい。
それでもわたしはある人の顔と、
『アイツ、わがままな女の子好きだと思いますよ』という言葉がよぎり、

「午前中の会議でストレス溜まったんで、なんかストレス発散出来るご飯食べたいです!」
なんとか数秒で考えつく、精一杯のわがままを振り絞った。

そもそも貴方と時間を過ごせるのなら、何を食べたってどうせとても美味しい。
それでも、ちょっとしたワガママで気を引ける可能性があるなら、と挑戦してみた。

当然彼は、何を言い出したのか、と不思議そうに目を見開いてわたしを見つめる。
『ストレス発散できるご飯?オムライスはストレス発散できそうですか?』

ストレス発散できるご飯なんて、わたしも知らないよ。
言い出しっぺの自分がなんと答えればいいかわからなくなって、
「う〜ん、多分?…そもそも、リオさんは食べたいものないんですか?」

『焼肉かなあ』
即答だった。焼肉は私も好きだし、なんとなくストレス発散できそうな気がした。

「焼肉!いいじゃないですか。ストレス発散できそう」
わたしが思ったことをそのまま口にしてすぐ、彼は続ける。

『ラケルってさ、予約できないんですよ。』
へえ、知らなかった。

『企画する側としてはね、ちゃんと入れるように予約しておきたいじゃないですか?
それで焼肉って大体予約できるし、良いかなって思って。臭い付いちゃうけど』

実はわたしから誘ったんだけど、すべてを丸投げしていた。これも、さっきのある人のあの言葉が頭をよぎったから。
彼にとっては、ただの職場の先輩とご飯食べに行くだけ、それだけのはずなのにえらく気遣いしてくれる。こういう気遣いはいつものことながらも、わたしの彼への想いを加速させる要素のひとつになる。

「別に臭いがついたっていいですよ、どうせお互い明日休みなんだし」
『そっか。まあ、とりあえずそんなに気が変わってない様子だからひとまずラケルに行こう。空いてなければ他に行く感じで』

そんな話をしてわたしが先に仕事に戻った。

結局彼は残業が多いからと、急遽早番をもらってわたしより先に退勤していた。
帰り際、「あっちの駅に先にいますんで」と声をかけられたので、定時を迎えたわたしは早々に仕事を切り上げて退勤。
普段は気にも留めない自分の顔の最終チェックをして、数駅先のラケルがある駅まで急いだ。

登場人物たちのスペック

わたし(カイリ)…22歳/派遣社員/女
◎経営難で閉店の危機に瀕している販売店に勤めて3年目の店内最年少リーダー。
◎半年で卒業、1年半で昇進と、同期のリンカと圧倒的差をつけている。
◎接客が好きではなくストレスを感じるが人の心に取り入るのが上手く、仕事中は極力ポジティブ・上昇志向を心掛けている。その為、そんなに仕事ができるわけではないが、会社では最年少・最短で役職に就く。
◎6コ上の彼氏(ケイタ)と別れたばかり。別れた理由はリオに目移りし始めたこと、ケイタとの倦怠期を感じたから。
◎のらりくらり生きていて、その瞬間を大切にしているのですべてに於いて安定しない。
◎家族とは縁を切っており、数人の友達と職場の人間関係だけ、というあまりにも小さなコミュニティで生きている。
◎気分循環性障害とADHDを患っていることが最近発覚し、生きづらさに名前がついたことにスッキリしている。

リオ…23歳/正社員/男
◎勤続2年目。最近やっと新人枠から卒業。(遅くとも大体1年以内に卒業する)
◎わたしが想いを寄せている男性。わたしから一度告白されて振っている。
振った理由としては「まだ独り立ちしていないのにプライベートにうつつを抜かしていていいのか、と考えてしまう/同じ会社の人に好意を寄せられていることに違和感を感じる/俺が想像している『えっちなおねえさん』はサメザワみたいな感じの子」
◎恋人いない歴=年齢の童貞、見た目も中身も自他共に認める陰キャ
◎身長180cm超、細身、色白、切長な目だがマスクを外すと口がデカい。
◎自称陰キャの割に飲み会が好きで、よく誰とでも飲みに行っているが酒はガバガバ飲むタイプではない。
◎史学科卒で歴史のことに加え、非常に物知り。自分が興味を示したことについては誰よりも詳しく語ることができるが、驚くほど仕事はできず、「この能力が仕事に活かせたらいいのに」と自分でもガッカリしている
◎AB型で人間観察が得意。誰も気づかないようなところまでリオだけが見抜いていることがある。

ケイタ…28歳/派遣社員/男
◎勤続5年目。派遣会社の正社員で、研修の名目でずっとこの店で働かされている。
◎わたしの元彼。童貞。社内恋愛なので極秘で交際していた。
◎わたしから猛烈アタックを受け付き合ったが、その半年後にリンカからも同様に熱烈アプローチを受ける。しかしわたしの存在があるので、リンカをキープ扱いしていた。
◎わたしと別れた後にリンカとわたしが通じたことで2人からの反感を一身に買い、自業自得だが傷を負った。

リンカ…24歳/正社員/女
◎勤続3年目だが、わたしの半年後輩。今年の春に別の店舗に異動した。
◎あまり器用な方ではなく卒業に1年ちょっとかかり、その頃にリオとサメザワが入社してきた。
◎「カイリさんのこと、本当に凄くて尊敬してるんですが、自分の方が年上ですし、やっぱり負けたくないなって気持ちが強いんですよね!だから尊敬っていうよりライバルって感じです!」とわたしに言っていたが、圧倒的な差が付いていることにまだ気づいていない様子。
◎成績や進捗でいくと後輩のサメザワに若干越されている。
◎自分が卒業できた途端に後輩の心配をし始め、特にリオには「彼、卒業できるでしょうか…心配です」と自分が向けられていた目を向けていた。
◎元々わたしと一緒に帰ったり、飲みに行くような仲だったが、わたしがケイタと付き合い始めた頃からはわたしの方から距離を置いていた。
◎わたしとケイタが付き合っていることは知らずにケイタに熱烈アプローチしていて、ケイタの家の近くに引っ越したわたしのことを「ヤバい人だと思っていた」とのこと。
◎ずっとケイタの「今はまだ付き合えないけど、その時まで待っていて」という言葉を信じて待ち続けたが、ある時わたしにケイタとの関係をヒアリングしたところキープ扱いされていたことが発覚。ケイタの失礼な態度に感情が昂り、元カノのわたしを差し置いてケイタにブチギレていた。
◎ストレスに弱く、よく欠勤しており、飲み会に参加した翌日でも欠勤してしまうため、役職のわたしとしては共に飲み会に参加するリスクを感じずにはいられない。
◎一見内気でサッパリした性格のようだが、色恋沙汰においてはザ・女な内面を持ち合わせている様子。

サメザワ…23歳/正社員/女
◎勤続2年目のリオの同期。とても優秀で半年程で卒業し、新人が卒業した後に取得する資格も同時期に取得。社内では最短の取得歴を樹立した。
◎綺麗系で背が高い。スタイルも良く、顔も良い。仕事も出来て愛想がよいので天が何物を与えたのかと問いたくなるパーフェクトレディ。
◎しかしお酒が大好きで、日々飲んでは記憶を飛ばして恥ずかしそうにしている。
◎長く付き合っている彼氏と最近同棲を始め、幸せ盛り。
◎わたしとリンカに懐いており、「リンカさんに毎日会いたいです。もしカイリさんまでいなくなったら死にます!」とこぼしている。
◎「同期飲み」と称してリオとよく飲みに行っている。大体リオが「早く彼女作りなよ」と罵倒されて終わるとのこと。
◎どこからどう見てもお淑やか系なのに、両耳にトラガスを開けて軟骨が変形した跡だけが残っている。元ドラマーで結構激しく過ごしていた様子。

ハル…22歳/社会人/女
◎わたしの中学時代からの友人。ずっと好きだった演劇関係の仕事をしている。
◎明るくあっけらかんとした性格で、可愛がられるのが上手い。
◎出会ったばかりの頃はわたしのことが大嫌いで、「カイリのこと可愛いとは思ってたけど、可愛いだけですべて持って行った感じにムカついた」とのこと。今はわたしを推しているオタク。
◎わたしと性格が似ていて、なかなか連絡が返ってこないし会えないが、久々に会えると久しぶりな感じがしない。
◎わたしの歴代の彼氏を大体把握していてアドバイスをくれるが、恋人いない歴=年齢。
◎恋人はいないが、わたしのような別の推しにかなり入れ込んでいる様子。

チナツ…22歳/専門学生/女
◎わたしの高校時代からの友人。大学を卒業して現在は専門学生をしている。
◎彼女も明るくあっけらかんとした性格で、どちらかというと世話焼きタイプ。とても声がデカい。結構その場のノリでやり過ごすことも多い。
◎出会った人間は全員友達。わたしとは真逆のコミュ力を持っている。
◎情に厚く、高校時代にわたしがハブられていたところを助けなきゃ、と干渉してきたところから仲良くなっていった。
◎そのコミュ力からその当時は男を取っ替え引っ替えしていたが、最近は元彼を想い続けてズルズル来ているのでわたしをやきもきさせている。
◎わたしの歴代彼氏はすべて把握していて、ケイタ以外は顔も合わせている。
◎酒に強いが、酔っ払うと男女問わずボディタッチが増えてわたしを困惑させる。

あとがき

まだ全然続きます。(笑)
本文より登場人物の方が分量が多いですね。
次回はわたしがリオと合流するところから始まりますよ。
すべて実話ですが、書いているとひとつの架空の作品を綴っているようです。
なのでひとつの物語として読んでもらえたらと思います。(笑)

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