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堤防から見えたイワシ雲(短編小説)

「あの〜、福森さんですか?」
私は「はい。福森ですが。」
そう返事を返した。
澄一と出会ったのは3年前。都会から車で40分程走らせた港町で育った私はインターネットの世界というよりかは、海や山で遊びを見つける。そんな生活を送りながら35歳を迎えた。都会ではそんな私を珍しがり取材をしたいみたいなのだ。変な世の中だ。数年前までこの生活が当たり前にあり、たった数年でネット文化に変わり情報が私の知らない間に出回っていたのだという。誰に見張られているのかわからない世界である。
まず澄一に一言目に言われた言葉に私は無になった。
「あのですね、福森さんが堤防の上で毎日空を見ている写真が今とても注目されていまして、宜しければ写真集を出しませんか?」と。
あまりにも唐突すぎて言葉を失ってしまった。
私の知らないところで写真が拡散されてしまい、名前や住んでいるところまで完全に把握されてしまっている。逃げ場のない状況。なんとかネット社会から身を遠ざけて生きてきたのに思わぬところで交差してしまった。
私は「いいえ。出しません。」とお断りした。
それから色々な取材が私の元を訪れるようになった。いい迷惑だ。断りを入れれば諦めて帰っていく。それから何もない。やはり私をダシにして金を稼ぎたい奴等が沢山いるのだろう。
しかし、澄一だけは毎日私のところに訪れるのだ。2週間後には
「写真集の件は忘れてください。会社も辞めました。福森さんの生活に魅了されてこの町に引っ越す事になりました。」なんてことを言うのだ。
なんて決断力の早い人だ。そこから彼と会う頻度も増えた。
ふとした時に彼は私に聞いてきた。
「福森さんが毎日雲を眺める理由が知りたい。
それに毎日同じ時間に同じ堤防の端から。
なんで毎日雲を見るんですか。」
私は澄一にだけ初めて答えた。これまで色々な人に聞かれたが一度も答えなかったのにだ。
「あの堤防は私がこの町に生まれずっと変わらぬ形でこの街を見てくれているんです。波で数年削れていくのに堂々とこの町を守ってくれているのです。そんな場所に毎日行くとなんか力をもらえて。
ここから見る雲は嘘をつかないんです。ネットに転がっている津波情報も写真信じられない。だから、自分の足で向かい現地で低く浮かぶ雲を見るんです。」そう答えた。この世の中何が本当か嘘なのかわからない。騙されてばかりいると、食われていく。現実から逃げることはできないがその苦労もしなくなるのはネット社会だからだと思うんだ。距離感を失えば貴方は貴方じゃなくなる。
感性も消え情報に作られていく。人間ではなく造作物。それぞれが受け入れていかなければならないのではないだろうか。

            お  わ  り

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