ロシア、ウクライナが崩壊する「戦後未来地図」
名越健郎(拓殖大学 特任教授)
ロシア・ウクライナ戦争が長期化する中、戦争終結後の両国の領域を描いた「空想未来地図」がネット上に拡散している。
「2025年のロシア」と題した地図(↑)は、ロシアがウクライナ戦争で敗戦し、少数民族が次々に独立してロシア連邦が分裂。約30の構成体に分割されるとしている。
それによると、新生ロシアはモスクワを中心とした欧州部の狭い地域に限定され、チェチェン、ダゲスタンなど北カフカスのイスラム民族は独立。極東のハバロフスク地方やアムール州の一部は中国領、サハリンと千島列島は日本領になるという。
この地図は、海外で活動するロシア少数民族団体の連合組織が作成したとされる。反プーチンのこの組織は西側諸国各地でフォーラムを開催しており、8月初めには東京の議員会館で会議を開き、ロシアの新国家像や少数民族の分離独立を討議した。
この地図には別バージョンもあり、ウクライナ軍情報機関が作成したとされる「ロシア分裂地図」は、極東の3分の1が中国領になるほか、シベリアには「中央アジア共和国」なる新国家が誕生する。北方領土はやはり日本領だ。
一方、ロシアのメドベージェフ安保会議副議長(前大統領)が昨年7月、SNSに投稿した「ウクライナ未来地図」(↓)は、ウクライナの東部、南部全域がロシア領となっている。西部はポーランドやハンガリー領に編入され、国家としてのウクライナは首都キーウ一帯に縮小されるという。
政権内リベラル派から極右に転向したメドベージェフ氏は「これがウクライナ大統領の言う明るい未来の地図だ」と皮肉った。現状では、ロシア軍はクリミアを含めウクライナ領の約20%を支配するが、これが60%以上に広がるとしている。
「未来地図」の拡散は、両国の情報戦の一環とみられるが、戦争の結果、欧州で地政学的変動が起きる可能性は軽視できない。その場合、北方領土問題解決の好機となるかもしれず、日本外交も注視すべきだ。
ソ連崩壊パート2
ウクライナ戦争の結果、ロシア崩壊につながるという議論は、このところ欧米の一部専門家の間で出始めた。
英シンクタンク、チャタム・ハウスのティモシー・アッシュ研究員は今年1月、ウクライナ紙「キーウ・ポスト」で、「プーチンは大ロシアを作るためにこの戦争を始めたが、戦争の結果、小ロシアになるだろう」「1991年のソ連崩壊のように、ロシア連邦が解体し、新しい国家が誕生する可能性がある」と予測した。
アッシュ氏は、ウクライナ戦争でイスラム教徒の若者の戦死率が極端に高いことへの不満が独立運動につながり得るとしている。
米ラトガース大学のアレクサンダー・モティル教授は米誌「フォーリン・ポリシー」(1月7日)で、「プーチン大統領が退任すると、悪質な権力闘争が起こり、中央集権支配の崩壊と連邦の解体が起こり得る」「タタルスタン、チェチェン、サハ、ダゲスタン、バシコルスタンなどの各民族が独立を望み、ユーラシアの地図が大きく塗り替えられる」と書いた。
フランスのシンクタンク、モンテーニュ研究所の地政学者、ブルーノ・テルトレ氏も、英誌「エコノミスト」(1月23日号)で、「プーチンは目標にしたロシア世界の統一に失敗し、ウクライナはそこから離脱した。ウクライナ戦争の失敗で、第二の連邦崩壊が起こり得る」と予測した。ロシアは多民族国家だけに、プーチン大統領の指導力、統率力が弱まれば、分離主義的な傾向が強まるとの見立てだ。
ただし、こうした予測は具体性に欠け、説得力に乏しい。プーチン体制が揺らぐ気配は見られず、民族共和国が独立する兆しもみられない。英語でいう「Wishful thinkings」(希望的観測)と言えなくもない。
プーチン氏も崩壊に言及
1991年のソ連邦崩壊では、ソ連を構成した15の共和国が一斉に独立した。国際法上のソ連継承国であるロシア連邦は150以上の民族から成る多民族国家で、89の連邦構成体を持つとしている。内訳は、21の共和国、6つの連邦直轄領、2つの連邦都市(モスクワ、サンクトペテルブルク)、49の地域(地方・州)、1つの自治州、10の自治区だ。
ただし、89の構成体のうち国際的に承認されているのは83の構成体で、ロシアが一方的に併合宣言したクリミア共和国とセバストポリ特別市、ドネツク、ルガンスク、ジャボリージャ、ヘルソン4州は認められていない。
前出のアーシュ研究員は、ロシアが崩壊する場合、少数民族を中心に20程度の新国家が誕生する可能性があると予測している。
未来地図「2025年のロシア」では、ヤクートやチュメニ、クラスノヤルスクなどが独立するとしており、これら天然資源の豊富な地域は経済的に自立が可能だろう。しかし、北カフカスの各イスラム共和国は、人口が多い割に資源も産業もなく、経済的自立は不可能だろう。中央からの地方交付税に立脚するだけに、湾岸諸国などの支援がなければ、自立は難しい。
ロシア崩壊説については、プーチン大統領が今年2月、国営第一チャンネルとのインタビューで言及し、「西側諸国はロシア連邦を清算するという目標を持っている。世界を自分たちのために作り変え、われわれを彼らのファミリーに加えようとしている」と述べたことがある。
大統領がロシア崩壊の可能性に言及したのは初めてで、ロシア解体論の背後で欧米諸国が暗躍していることを指摘し、国民に警戒を求めたととれる。
今世紀末にはイスラム教国家に?
ロシアの場合、国家崩壊の可能性はウクライナ戦争よりも人口動態の変化から生じるかもしれない。
実は、2021年に実施された国勢調査では、ロシア連邦に占めるロシア人の人口比率は71・73%だった。ソ連崩壊時は約83%だっただけに、30年で11ポイント低下した。ロシアではいまや、10人に3人近くは異民族ということになる。
ロシアの昨年の合計特殊出生率は1・5人で、日本より少し高いが、出生率はロシア人以外の少数民族が押し上げている。チェチェン人女性は生涯、平均4人の子供を産むとされ、イスラム系の出生率が高い。
このトレンドが続けば、ロシアは今世紀末にロシア人が少数派になり、イスラム系が多数派になるとの予測が人口学者の間で出ている。
コロナ禍で行われた2021年国勢調査は、民族籍を書かなかった回答者が多く、必ずしも正確ではないとされるが、非ロシア系の人口増は間違いない。
プーチン政権がウクライナの戦場にイスラム教徒やシベリア南部の仏教徒の若者を優先的に送り込み、同じスラブ系であるウクライナ人の子供を連れ去るのは、人口動態調整のための「民族浄化」では、と疑いたくなる。