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アメリカ会計基準の歴史②

 『基礎的会計理論』(ASOBAT)は、利用者指向を掲げるだけでなく、「意思決定-有用性アプロ-チ」を受容し、さらに、その受容が、目的適合性を頂点とする多元的規準アプロ-チの前提となりました。アメリカ会計学会(AAA)の1977年の報告書は次のように述べています。
「意思決定-有用性目的が認められなければ、多元的規準接近法はこれほどまでに発展しなかったと思われる。第二に、一般に基本的なものとして認識されている規範的概念財務諸表の利用者の意思決定に対する目的適合性は、意思決定-有用性から生まれ、そしてそれに依存している。」(AAA 1977, p.16、染谷訳1980,35頁より引用) 

 こうして、ASOBATでは、意思決定-有用性目的の受容の下に、「目的適合性」、「検証可能性」、「不偏性」および「量的表現可能性」という、潜在的な会計情報を評価すべき「会計情報の基準」が展開されました。
 しかし、「会計理論」と「実務」との関係の難しさについては、前回に挙げた「メイ書簡」によって既に認識されていました。
「遵守されるべき慣行は、それが価値をもつためには、理論的考察と実務的配慮との両者に基礎をおかなければならないので、ある慣行が他の代替可能な方法よりも本来的にすぐれているがゆえに、それだけが受け入れられねばならない主張できるようなものは、もしあるとしても、きわめてわずかであります。」加藤他訳1981,69頁 

 このように、会計原則論としてのアメリカ会計理論の困難性は、その出発時点から明確に自覚されていました。そして、この「困難性」は、同時にアメリカ会計の特徴でもあります。この点について、アメリカの大学で活躍され後にアメリカ会計学会の会長を務められた井尻教授は次のように言っています。
「理論を実現させたいと望む学者の望みと、その理論がたまたま自己の主張に有利とみて利用したい利害関係者の望みとが合致することが多い、そこに、ギブ・アンド・テイクのような形で、理論と実務とが合流して進んできたというのが、アメリカ会計のこれまでの発展事情の1つの要素になっているように思うのであります。」(井尻1984,167-168頁) 

 ペイトン=リトルトンの『会社会計基準序説』(Paton/ Littleton 1940、以下では『序説』と略す)はAAAの1936年会計原則試案の「基礎となっている理論の摘要」(Paton/Littleton 1940,p.ix、中島訳1958,1頁)として書かれました。『序説』は、AAAの1977年の報告書の記述からも、当時において相当革新的な内容と評価されたことを伺うことができます。しかし、それらも「実際の会計実務をほとんど忠実に帰納したもの」であり、ペイトン=リトルトンの『序説』の一大特徴は「生き生きとした比喩」という点にありました(AAA 1977, P.9、染谷訳1980,20-21頁)。
 井尻教授によれば、『序説』は、現在のFASBの概念フレームワーク・プロジェクトにつながる概念フレームワークを開発する初期の試みの一つでした(Ijiri 1980, p.622)。この点について『序説』も次のように言っています。
「われわれが試みたのは、会計基準をかくかくのものとして叙述することではなくて、会計の基礎的な概念を綜合的に織りあわすことである。意図する所は基礎的な骨組を打ちたてることであって、その骨組みのなかで、これに続いて、会社会計基準要綱が設定されうべきものである。」(Paton /Littleton 1940, p.ix、中島訳1958,1頁より引用) 

 この箇所は、あたかもFASBの概念ステ-トメント・プロジェクトについての説明であるかのようです。後に、FASBは、「概念フレームワ-ク・プロジェクトの範囲と意義」において次のように言っています。
「概念的枠組は、一貫した諸基準をもたらすことができ、かつ財務会計および財務諸表の性質、機能および限界を規定する、相互に関連した目的と基本概念(fundamentals)の脈絡ある体系、すなわち一種の『憲法』である。」(森川監訳1988,5頁) 

 『序説』では、「基礎概念」として「企業実体」、「事業活動の継続性」、「測定された対価」、「原価の凝着性」、「努力と成果」および「検証力ある客観的な証拠」が挙げられています。『序説』における「基礎概念」とは性格は異なるものの、ASOBATの「会計情報の基準」も「概念的基礎」という点では、AAAの会計原則論の系譜に連なるものと見ることができます。ASOBATは、次のように述べています。
「本委員会が主として力を注いだのは、個々の実務を判断することのできる概念の基礎を確立することであった。」(AAA 1966, p.1、飯野訳1969,1頁より引用) 

【文献】
American Accounting Association 1966, A Statement of Accounting Basic       Theory(飯野利夫訳1969 『基礎的会計理論』国元書房).
――――1977, A Statement on Accounting Theory and Theory Acceptance
(染谷恭次郎訳1980『会計理論及び理論承認』国元書房).
加藤盛弘・鵜飼哲夫・百合野正博訳1981『会計原則の展開』森山書店.
Paton, William A./Littleton, A. C.1940, An Introduction to Corporate
 Accounting Standards(中島省吾訳1958『会社会計基準序説[改訳版]』森山  
 書店).
井尻雄士1984『三式簿記の研究』中央経済社。
森川八洲男監訳1988『現代アメリカ会計の基礎概念』白桃書房。

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