アメリカ会計基準の歴史⑬
ASOBATの「意思決定有用性-多元的規準アプロ-チ」と多元的評価
会計システムを応用情報システムとして位置づけることは同時に、情報利用者にとっての有用性、すなわち意思決定有用性をシステムの頂点に据えることを意味しました。その背景には、コンピュ-タ・テクノロジ-の発達の他、統計技法等を駆使して目ざましい発展を遂げつつあった他の管理技術が、企業の唯一の情報システムとしての会計システムの位置を脅かしつつあったという事情も存在しました。
アメリカ会計学会の1966年の報告書、「基礎的会計理論」(ASOBAT)は、利用者のニ-ズが利用者自身にとっても必ずしも明確でないといいます。そして、明確な論拠が示されないまま、情報基準の問題へと話題が転換されます。ASOBATは、いわば理念として、意思決定有用性を掲げますが、具体的な会計システムを展開するために以下のように多元的基準アプロ-チを採用しました。
「有用性は必然的に利用者の観点から決められる。ところが、とりわけ会計情報の場合には、利用者は、しばしばどのような会計情報が自分たちにとってもっとも有用であるかを決める資格をもちあわせてはいないか、さもなければ、すくなくとも、自分たちの必要性を明確に表現することができないことがある。幸いにも、この有用性の規準は、さらに測定と実行とをもっとしやすくする諸基準にわけることができる。」(AAA 1966, p.3、飯野訳1969、4頁より引用)
多元的基準アプロ-チは、意思決定-有用性アプロ-チを前提として初めて成立しました。後にAAAの1977年報告書は次のようにいっています。
「意思決定-有用性目的が認められなければ、多元的規準接近法はこれほどまでに発展しなかったと思われる。」(AAA 1977, p.16、染谷訳1980、35頁より引用)
「潜在的な会計情報を評価するにあたって使用すべき規準を提供するものとして」(AAA 1966, p.7、飯野訳196911頁より引用)勧告された4つの情報基準のうち、「目的適合性」、「検証可能性」、「不偏性」はいずれも時価情報開示の正当化に援用されています。
順を追って、それぞれの記述を見てみましょう。まず、「目的適合性の基準」の箇所で、20年前の原始記録原価が200,000ドル、現在の原価が400,000ドルの建物の例が挙げられます。前者が、所得税目的の減価償却の計算に適しているのに対して、後者は、建物を購入しようとする者にとっては高度の適合性を持つとされます。そして、建物を売ろうとする所有者にとっては、「2つの情報はそれぞれ適合性をもっているが、両方いっしょのほうがどちらか一方だけの場合よりも高度の適合性をもってくる。」(AAA 1966, p.9、飯野訳1969、15頁より引用)としています。時価情報開示の積極的支持ではないにせよ、多元的評価の勧告につながる例示であることは間違いないでしょう。
次に、「検証可能性の基準」ついては、「時価についてのいくつかの見積が検証不能であるという理由で会計目的のために資産を『時価』で評価することは承認できないとする考え方は支持しがたい。」(AAA 1966, p.28、飯野訳196942頁より引用)という立場から、原価情報にも、例えば減価償却計算における耐用年数の見積といった不確定要素が混入し、決してすべてがリジットな要素から構成されているわけではないことが指摘されます。こうして原価情報の検証可能性を「相対化」した上で、「歴史的取引にもとづく評価の検証可能性の程度はきわめて高い。しかし目的適合性を増加させるために検証可能性を多少犠牲にすることが、情報の有用性を増加させることもありうる。」(AAA 1966, p.28、飯野訳1969、43頁より引用)としています。
そして、「不偏性」についても、原価情報に有利な属性ではあるが、会社の経営陣が、外部者に対して会社をできるだけよく見せようとして、外部者への財務報告に対する経営陣の意向に偏向が生じることがあるとして、いったん相対化します。その上で、そうした偏向を排除するのに時価評価が貢献することができるとしています(AAA 1966, p.29、飯野訳1969、43頁)。
利用者指向を標榜する以上、時価情報開示についても、本来、利用者の情報ニ-ズを根拠に勧告されるべきです。もちろん、将来の研究によるその可能性ないし必要性も示唆されてはいます。しかし、当時は実証研究の蓄積もまだ存在していませんでした。また、時価が予測に対して目的適合的であるという論拠は何等示されていません。そこで、歴史的原価の欠点の指摘と共に以下のように多元的評価が導入されます。
「そのおもな批判は、歴史的原価が将来の利益、支払能力または全般的経営効率の予測の基礎としては不十分なことに関係をもつ。われわれは、歴史的原価による情報はある目的には適合するとしても、あらゆる目的には十分でない、ということをみとめなければならない。したがって、われわれは歴史的原価による情報とともに時価による情報をも報告することを勧告する。」(AAA 1966, p.19、飯野訳1969、29頁より引用)
また、ASOBATでは、将来指向性が強調されますが、何がどのように将来の予測に役立つかの具体的論証はなされていません。すなわち、過去の利益と将来利益の予測については「企業の過去の利益は将来の利益を予測するのに適合したもっとも重要であり、かつただ1つの情報であると考えられる。」(AAA 1966, p.23-24、飯野訳196936頁より引用)とし、時価と将来予測との関連については次のように、時価の正当化につなげられるにすぎません。
「したがって時価は予測が重要である多くの用途に対して高度の目的適合性をもっている。」(AAA 1966, p.30、飯野訳1969、46頁より引用)
このように、時価情報開示の必要性が情報基準との関わりで強調されますが、同時に原価情報も情報基準の観点からその必要性を説明されます。すなわち、「しかしながら歴史的原価による情報は完了した市場取引から得られるので、歴史的原価にもとづく記録には高度の検証可能性があり、個人的偏向がない。そのうえ量的表現は通常たいていの取引条件によって簡単かつ直接に行なわれる。」(AAA 1966, p.32、飯野訳1969、48頁より引用)として、原価情報が、「検証可能性」、「不偏性」および「計量可能性」を満たすことを示した上で、受託関係、法令が歴史的原価を要求する場合、そして組織的業績の期間的評価には目的適合的であるとしています(AAA 1966, p.32、飯野訳1969、48頁)。
その結果、時価情報は、少なくとも原価情報に劣らない有用性があるとして原価と時価との並列開示につながる多元的評価が勧告されました。多元的評価と情報利用者の情報ニーズとの関連については、次のようにいっています。
「外部利用者に情報を提供しようとするにあたって、会計担当者は、情報に対する特定の要求がなく、したがって比較的重要な利用者の要求を、会計担当者と活動が報告される経済主体との共同責任で一般化しなければならないような情況に慣れている。このような情況を考慮して、本委員会は利用者のどの有力な集団の判断と意思決定にも適合すると考えられるあらゆる情報を報告することを提唱する。本委員会は、いかなる価値概念も単独ではこの要求を満たすことはできないと信じ、したがって相当広範囲の要求に応えるために、多元的測定による一般目的の報告書を作成すべきである、との結論に達した。」(AAA 1966, p.22-23、飯野訳1969、34頁より引用)
ASOBATで展開される多元的評価の背景には手書ベースの複式簿記システムからコンピューター・システムへの移行があったことはいうまでもありません。
「1つの測定方法をあらゆる目的のために用いることを正当化するために手数の節約ということが主張されるが、このことは幸いにも電子計算機による資料処理の発展に伴って、それほど重要ではなくなってきている。」(AAA 1966, p.15、飯野訳1969、23頁)
そして、他方では、会計システムの「応用情報システム」としてのASOBATの解釈は、会計をコンピュ-タ・システムに適合させる上で重要な「思想的基盤」となりました。
【文献】
American Accounting Association 1966, A Statement of Accounting Basic Theory(飯野利夫訳1969 『基礎的会計理論』国元書房).
――――1977, A Statement on Accounting Theory and Theory Acceptance
(染谷恭次郎訳1980『会計理論及び理論承認』国元書房).