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アメリカ会計基準の歴史⑪
今回は、前回の続編として、アメリカにおけるインフレ会計の制度化に至る経緯(2)ASOBAT以後の時期について概観します。
(2)ASOBAT以後のインフレ会計の展開
ASOBATが公表された1966年に3.07%であったアメリカのインフレ率は、1973年のオイル・ショック後の1974年には10.89%にまで上昇しました。この継続的かつ急速なインフレの加速によって、物価変動会計への関心が一気に高まりました。インフレ会計の制度化は、財務会計審議会(FASB)によって進められることになりました。FASBは、1974年2月にインフレによって引き起こされる問題を扱った討議資料「財務諸表における一般物価水準変動の影響の報告」(FASB 1974a)を公表しました。FASBが満を持したインフレ会計の制度化に対して、学界は賞賛を与えました。しかし、実務界では、公認会計士は、学界ほどではないまでも制度化に賛同したのに対し、産業界の大半は、制度化に否定的反応を示しました。
討議資料とその反応に基づいて、公開草案「一般購買力単位での財務報告」(FASB 1974b)が同年の12月に公表されました。当公開草案の主要な結論は、すべての企業の財務諸表が、一般購買力単位による包括的な補足情報を含むべきであるというものでした。一般購買力指数による情報を個別物価指数(カレント・バリュ-の指標)と誤解するという潜在的混乱に関しては、FASBは、企業が財務諸表において一般購買力情報を呈示し、説明する際に気をつければ、回避可能という見解をとりました。
1974年の公開草案の規定は、財務会計基準ステートメントには至りませんでした。1976年3月に、証券取引委員会(SEC)による会計連続通牒(ARS)第190号「特定の再調達原価デ-タの開示を要求するレギュレ-ションS-X修正採用の通知」(SEC 1976)が公表されました。それによって、SECは、特定の公開会社に対して、再調達原価による補足デ-タの提供を要求しました。元々、イギリスでもアメリカでもインフレ修正については、一般物価指数による修正が主流でした。それは、インフレ問題が「貨幣購買力の低下」という貨幣の問題として理解されていたことを意味します。
それが1970年代に入って制度化の段階を迎えるに当たって個別物価変動修正に焦点が移るのは、当時の「モノ中心思考」を抜きには理解できません。勿論、直接的契機は1973年の第一次オイル・ショックに始まる先進諸国での狂乱物価でした。しかし、その下敷きとして、1972年のロ-マクラブによる報告書『成長の限界』で警告された天然資源の枯渇に対する危機意識が潜在していたと考えられます。
証券取引委員会(SEC)の会計連続通牒(ARS)第190号の公表によってFASBは、インフレ会計制度化の作業を一部延期することになりました。FASBのインフレ会計制度化の作業延期の理由として、概念ステ-トメント第1号「企業の財務報告の目的」(FASB 1978a)の完成を待ったことも挙げられています(Waldron et al. 1989, p.224)。それは、概念ステ-トメント第1号が、物価水準変動会計に関する解決策形成の際の指針として役立つとの判断からでした。
1978年11月の概念ステ-トメント第1号の公表後、インフレ会計基準作成の努力が再開され、同年12月には公開草案「財務報告と物価変動」(FASB 1978b)が公表されました。続いて、1979年3月には第二の公開草案「恒常ドル会計」(FASB 1979a)が公表されました。これらの公開草案は、両者とも1974年の公開草案で勧告された一般物価変動情報の報告を提案していました。1974年の公開草案との主な相違点は、包括的修正から、一部のデ-タについての部分修正への移行と、修正指数としてGNPデフレ-タ-ではなく、全都市生活者の消費者物価指数(CPI(U))を利用するという点でした。
その後、FASBの努力は、1979年9月の財務会計基準ステートメント(SFAS)第33号「財務報告と物価変動」(FASB 1979b)の公表に結実しまし。当基準ステートメントは、概念ステ-トメント第1号で示された財務諸表の目的、すなわち、財務諸表の情報は、利用者のキャッシュ・フロ-の見積に役立つべきだという目的に基づいていました。そして、一般物価変動修正情報と個別物価変動修正情報の両者が、一定の大企業によって報告されることになりました。FASBは、物価水準修正デ-タの有用性、つまり物価水準修正デ-タ開示の継続と、カレント・コスト情報と一般物価変動修正情報のいずれがより有用かという決定についての結果の見直しを当初から計画していました。FASBは、一つの「実験」としてSFAS第33号を公表し、実験結果の見直しに自ら関与しました。
【文献】
Financial Accounting Standards Board 1974a, Discussion Memorandum
Reporting the Effects of General Price Level Changes in Financial Statements.
――――1974b, Exposure Draft-Financial Reporting in Units of General Purchasing Power.
――――1978a, Statement of Financial Accounting Concepts No.1.
" Objectives of Financial Reporting by Business Enterprises "(森川八洲男監
訳1988『現代アメリカ会計の基礎概念』白桃書房、平松一夫・広瀬義州訳
1994『FASB財務会計の諸概念〔改訳新版〕』中央経済社).
――――1978b, Exposure Draft-Financial Reporting and Changing
Prices.
――――1979a, Exposure Draft-Constant Dollar Accounting.
――――1979b, SFAS No.33." Financial Reporting and Changing Prices " (日
本公認会計士協会国際委員会訳1987『米国FASB財務会計基準書 物価変動
会計他』同文舘).
Securities and Exchange Commission 1976, Accounting Series ReleaseNo.190," Notice of Adoption of Amendments to Regulation S-X
Requiring Disclosure of Certain Replacement Cost Data ".
Waldron M. A./Shaver J. E./Jordan C. E. 1989, The Evolution of
Inflation Accounting in the U.S., in : Coffman, E. D./Tonker,
H. T./Previts, G. J.(eds.)1993, Historical Perspectives Selected Financial Accounting Topics.